ワイルドで行こう
「本当に、ちょっと前の私には考えられない。突然。夜なのに。どこへとも分からず。でも行ってみよう、なんて。英児さんと一緒じゃないと出来ないもの」
だが彼女は宵闇にほのかに光る内海を潮風の中眺め、とても幸せそうだった。その横顔で琴子が言う。
「ゼットは私には月夜のロケット。夜、こんな遠い岬まで飛ぶように来られるだなんて……」
満ち足りた微笑みを絶やさない彼女を、英児も風の中、強く抱き寄せた。
「どこだって連れて行ってやるよ。そして、どこにだって琴子も一緒に連れて行くからな」
「うん。これからもどこにでも連れて行って。どこでも一緒に行きたい」
もう真夜中は冬の気温。白い息を吐く琴子も英児に抱きついてくる。
やっぱり。あったかい。彼女の温度を感じただけで、英児はいつだってとろけそうになる。
「もう、冬になるんだな。あっという間だな」
あとひと月ほどで、忙しい冬がやってくる。
「今年は琴子とお母さんと、年越しをするんだ。俺」
英児のジャケットの胸元で、彼女も静かに頷いてくれる。
「年越し蕎麦は、英児さんが買ってきてくれたお父さんも大好きだったあのお蕎麦ね。一緒に買いに行こうね」
「そうだな」
はやく、彼女と家族になりたい。もう今すぐ。こんなに傍にいるのに。でも傍にいるから余計に強く思う。
運転席と助手席は、彼女しか乗せない。そして必ずどちらかに俺もいる。誰も乗れない二人だけの車に早く乗りたい。英児も遠い漁り火を見つめながら、白いけど熱い息を吐いた。
それから。琴子がいつの間にか雅彦クンのことを『本多君』と呼ぶようになっていることに、英児は暫くしてから気がついた。