ワイルドで行こう
「専務。店の中の、空いているデスクを彼に貸してあげて」
「かしこまりました、滝田社長」
あの口悪い矢野じいが、いちいち丁寧なのが逆に癪に障る。意味深な笑みを残しつつ、親父が琴子の前カレを店の中に連れて行った。
――クソ親父。琴子の前カレと察知して、ワザと『いまの婚約者は、社長様だぞ』と必要以上に持ち上げてくれたな。
英児はそう思った。店のトレードマークを造るに当たり、専務の矢野じいには『気にいったデザイナーが、琴子の元彼だった』という事情は告げている。そこは親父も『そこんとこ、琴子ときちんと話し合っておけ』とは言われたが『その問題は、彼女とはもうきちんと解決済み。三好ジュニアも了承済み』と伝えると、矢野じいも納得してくれた。
なので。矢野じいも、『三好堂のデザイナー』と聞いた時点で『琴子の前カレ』と察したことだろう。それで『英児を格好良くみせてやらにゃあ』と張り切ってくれたようだった。しかし、それは英児のためでもあり、ある意味コンプレックスを持っている英児を持ち上げて助けてやったんだぞ、という嫌味でもある。
なーにが。かしこまりました、だ。普段もそれぐらい、社長の俺を敬えっつーの。なんて、一度は師匠に言い放ってみたいなあと思うが、師匠にそんなことしたら、十倍意地悪い切り返しでやり返されるのは目に見えているので、いまは我慢の弟子のまま。
それにしても――と、英児は再びフェアレディZの運転席に戻る。あの雅彦が自らやってくるだなんて……。運転席でひとり、既存データーをPCマシンに吸い出し中。ノートパソコンに打ち出される数値もぼんやり見流し、物思いにふけってしまう。
「これ。琴子が毎日乗ってくるゼットですよね」
突然の声に英児は我に返る。運転席から見上げると店に案内されたはずの雅彦が、スケッチブックを小脇にガレージに戻ってきていた。
「そうです。この前、自分が久しぶりに運転をしたら気になったところがあったので、メンテナンスとチューンナップで暫くガレージ入りです」
「ああ、だから。今日はスカイラインで来たんだ」
そして雅彦はゼットをぐるっとひと眺めすると、タイヤを触ってみたり、ホイールを眺めてみたり。
「俺、三十になる前はインテグラに乗っていたんですよ」
「ホンダの……。あ、もしかして、『本多さん』だから『ホンダ』だったりして」
英児の閃きに、雅彦が笑った。
「そう。ホンダだから。子供の頃から大人になったら『ホンダ車に乗る』と決めていたんですよ。中古だったけれど、シビック、CR-X、プレリュード。最後にインテグラ。学生時代から次々に買い換えて制覇したりしましたよ」
「すっごい。ホンダ狂じゃないっすか」
洒落た男だから、洒落た男の格好つけで『ミニクーパー』に乗っているのかと思っていたら。なんと、二十代は生粋のホンダ狂!