ワイルドで行こう

 そろそろ新しい年の足音が聞こえてきそうな頃。英児は外回りの帰り道、彼女の実家に寄ってみた。
 同居をすぐに許してくれた琴子の母親が、不自由な足も厭わずに独りで暮らしているので、なるべく顔を見に行くよう、娘の琴子同様に気にかけている。
 愛車のスカイラインを、空っぽのカーポートにバックで駐車をする。黙ってこの家の駐車場に停められるのも、今は許されていることだった。
「英児君」
 スカイラインから降りると、もう玄関には琴子の母親『鈴子』が杖をつく姿で出迎えてくれていた。
「お母さん、こんにちは。外回りで側を通ったから、寄り道です。これ、お土産」
 外車持ちの大地主オヤジの依頼で、町はずれの自宅まで訪問した帰り。その帰りの田舎市場でみつけた『緋の蕪漬け』を義母に手渡す。
「あらー。もうこんな季節なのね。これ、琴子も大好きなのよ」
「え、そうなんだ。なんだ、もっとたくさん買ってくれば良かったなあ」
 すると鈴子がクスリと笑う。
「英児君もまだ知らない琴子がいるんだね」
 まだ出会って一年も経っていないし、ひと夏つきあっただけで婚約。ある意味『電撃婚』だったかもしれない。だからまだ本当の意味で彼女を知らないことも、いっぱいあるのだろう。
 だがそこで、鈴子が妙に疲れた顔で大きなため息をついた。
「ねえ、英児君。母親の私でもちょっと琴子のことが分からなくてねえ」
「どうかしたんですか。うちでは、とりあえずなにも変わったところは見られないですけど」
 まあ、中に入って――と促され、英児は大内の家に入る。
 入ってまずすることも決めていて、まずは一番に亡くなった彼女の父親に線香をあげるようにしている。
 英児がいつもの挨拶の儀式をしている間、鈴子がお茶の準備をしてくれるのも、もう毎度のことになっている。
「英児君、珈琲がいいよね」
「はい。お願いします」
「珈琲に緋の蕪漬けっておかしいかしらねえ」
「いえいえ。せっかく買ってきたので、俺にも味見させてください」
 リビングに行くと、対面式のキッチンで足と指先が不自由ながらも、鈴子は笑顔で準備してくれている。英児もこんな時は『手伝いましょう』と言わないことにしていた。

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