ワイルドで行こう
鈴子が淹れてくれた珈琲と、英児の手みやげで、ちょっとだけお喋りも恒例になってきた。
珈琲をひとくち。土産の漬物をかじって、英児は改めて聞き直す。
「琴子がどうかしたんですか」
結局のところ、英児はまだつきあって日も浅い『男』。どんなに愛している彼女でも、生まれてから育ててきた母親の鈴子が娘を思う気持ちには勝てるはずもなく。そんな母親が何を心配しているのか尋ねてみると。
「どう。結婚式の準備、話は進んでいる?」
英児はドキリとした。そしてやはり鈴子は彼女の母親だと感じずにいられなかった。
「それが……」
英児が口ごもると、鈴子もどこか残念そうに俯いてしまう。
「貴方と婚約した時、あの子、本当に嬉しそうで幸せそうで。だから結婚式の話もとんとんと進むものだと思っていたのよね。そうしたら、まだなにも決めていないっていうじゃない」
英児は男だし結婚事情に疎いから『そんなものなのか』と流していたが、心の中では鈴子と同じ事を感じていた。
プランナーとの話し合いも、もう回数を重ねているのに、プランナーの提案に琴子が『しっくりしないわね』を繰り返し、『あの、よく考えて来ます』と言って、すべての話が保留になっている。
慎重で堅実な彼女のことだから、英児と違ってじっくり考えてしっかり吟味しているのだろうかと思っていた。それに結婚式は女性が主役。英児は琴子が望むものになれば良いと思っているから、口出しをする気はまったくなかった。
ただプランナーから『そろそろ式場だけでもお決めにならないと、予約が取れなくなりますから』と釘を刺されたところだった。
「私のところに、パンフレットを持ってきて『どう、お母さん』と聞いてはくるんだけどね。琴子の好きにしなさい――とだけ言うのよ」
鈴子も英児と同じスタンスのようだった。
「もしかして、琴子。お母さんと俺にも『こんな式が良いのではないか』と言ってほしいのでしょうかね」
「そうなのかしらねえ。私も一瞬、そう思ったんだけど。でも、はっきり言って『式も披露宴』もやること一緒じゃない。どこでやっても。だからこそ、好きなところにしなさいと言っているんだけどね」
「逆に。似たり寄ったりで選べなかったりして……」
英児がそう言うと、鈴子が首を振った。
「あの子。二十歳ぐらいの時からね、あのホテルでやりたい~、あのガーデンでもいいわね~、教会は白水台のあそこでやりたい~て決めていたのよ。いまでも、この街の女の子達がこぞって選ぶ人気のスタイルなのに。てっきりそれで行くかと思ったら……なんなのかしらねえ」
鈴子が心配そうに、再度ため息……。英児もそんなお母さんを見ると、ちょっと胸が痛む。