ワイルドで行こう
「どうだった?」
いつも事務所で一人。黙々と仕事をこなしている武智が、にんまり興味津々な様子で帰ってきた英児を迎えてくれる。
だが、英児はひとまず社長デスクに座り込んで、これまた気心知れた後輩だからこそ遠慮無くこぼしてみる。
「ダメだった。琴子とお母さんが大喧嘩したんだよ。まさか、こんなことになるなんて」
良かれと思って英児が提案したことだったのだが、それがマイナスに転ぶなんて予想外だった。
だがそこで、眼鏡の後輩が同情のため息をつきつつも、なにやら分かり切った顔で笑った。
「母と娘って、どうやらそんなもんらしいよ。俺の妹と母親も女同士だからなのかな、よく喧嘩している」
「そんなもんなのか?」
そこで武智がまた要らぬことを口走った。
「香世ちゃんもそうみたいだけど。結婚式の相談で旦那と喧嘩、母親と喧嘩、もう結婚式なんて二度としたくない。でもドレスはもう一度着たいって言っていたなあ」
また『香世』。英児は顔をしかめる。
「あのな。そこで香世を出すな。どーして最近、俺が結婚する時になってお前はいちいち香世のことを口にするんだよ」
すると、武智が社長デスクに向かって、一枚の顧客シートをつきだしてきた。
「香世ちゃんの車、もうすぐ車検だから。ご案内の葉書を出しておいたら、電話で予約いれてくれたんだ。近いうちに来るよ。で、電話をくれたそんときに、タキ兄が結婚することを教えてあげたんだー」
「ばっか。なんでもかんでも、俺の結婚を報せるなよ。いつもの内輪の野郎共だけでいいだろ」
「その野郎共から、高校時代のあっちこっちに情報行きまくりみたいだよ。あの滝田君がついに結婚、とかね。香世ちゃんもびっくりしていた。『英児君、ついに車以外に好きになれた女の子を見つけたんだ、みてみたい』だってさあ」
それを知った英児は、武智がこれ見よがしにピラピラさせている顧客シートを奪い取る。そして、その彼女がいつ店に来るか日付を確認した。
「良かった。平日だ」
平日は仕事に出ている琴子と鉢合わせをすることはなさそうだと、英児は安堵した。だがそこで武智が白けた横目で英児を見ている。