ワイルドで行こう

「隠すことないじゃん。千絵里さんみたいな人じゃないんだから。香世ちゃんは」
「うるさいな。琴子がどう感じる……じゃねえーよ。香世が琴子を見てなにを言い出すか分からないだろが」
「まあね。悪気はないけどお喋りだよね。主婦になってから特に――。きっと香世ちゃんの口から、また同窓生女子軍団に広まっているかも。もうみんな、英児君のお嫁さんってどんな子かしらと見たくて見たくて、店に殺到してくれるかも」
「やめてくれ。彼女たち、店に来る『だけ』で終わるんだからな」
 一度、そんなことがあった。その時も先導してやってきたのは『車検』を申し込んでくれた香世。彼女が車検をするついでに、何人も同窓生女子軍を連れてきて、英児を冷やかしにやってくるのだ。
「一度、琴子さんを紹介すれば納得して帰ってくれるよ」
 そこで武智がまた呟く。
「いかにもタキ兄タイプの女の子だと誰だって納得するよ。だってさ、タキ兄が憧れていた眼鏡の真面目っ子『香世』ちゃん、初めての彼女のルーツそのまんまなんだから」
 他人事のように言い切ると、武智は淡々とした眼鏡の横顔に戻って書類に戻っていく。
「お前、ほんとのところ、おもしろがっているだろ」
 俯いて書類を書き込みながら『まさか』と淡泊な返事だけが聞こえた。だがこんな時、眼鏡の後輩が実は心の中ではくすくすと笑っているのだと、英児はよーく知っていた。
「はあ。香世のヤツ。また何を言い出すことやら」
 同級生の彼女。元クラスメイト、英児の初恋、初めての女。そんな過去の関係がある彼女。武智が『香世ちゃん、香世ちゃん』と親しげなのは実家が同じ校区で近所だから。英児はその武智のツテで告白をしたことがある経緯が……。
 でもそんな彼女も現在は三児の母。あの大人しかった眼鏡の真面目っ子ちゃんが、今では口も達者で立派なお母ちゃん。
 彼女が『英児君、英児君』とまた攻め込むように店にやってくる姿を想像すれば、つい英児も微笑んでしまいたくなる……。
「堂々と紹介した方がいいよー。琴子さんに変に思われないためにもねー」
 澄ました顔で事務処理をしているかと思えば、やっぱり英児の心を見透かして茶々を入れる武智。
「うっさいな。香世はもう俺の中では女じゃねえんだよ。同級生でダチってだけだろ。琴子とは全然違うんだからな。二人がばったり会ってもどうってことねえよ」
「当然でしょ。千絵里さんの時のような不手際はもう勘弁ね。合い鍵を回収していない上に、鍵穴もそのまんまってなんなんだよ。私生活ではガード緩すぎ」
 ああ、この後輩の生意気な口をどうしてやろうかと。英児は持っていた顧客シートの紙切れで、武智の頭をぺしぺし叩いてから返しておいた。

< 333 / 698 >

この作品をシェア

pagetop