ワイルドで行こう

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 龍星轟閉店、店じまいを終えた英児は二階自宅に戻る。
 母娘が激しく衝突したところを初めて目にしてしまったこの日。英児はため息……。後輩の武智が『母娘とは……』と教えてくれても、やっぱり『いちばん傍にある家族』となる琴子と鈴子義母が喧嘩するのは、英児だって気分が沈む。しかも自分が『母娘でドレスを選んでみても』と提案したことが発端での喧嘩。
 しかし。英児はその母娘が何故衝突したか。良くわかっていた。だがきっと、義母の鈴子は『何故、この娘は私が言うことを解ってくれないの。どういうことなの? 何を考えているの』と思っていることだろう。
 
 玄関を開けると、夕飯のいい匂いがした。どんなことがあっても、たったこれだけでホッとしてしまう。
 琴子も母親と喧嘩をして落ち込んでも、こうしてちゃんと支度をして英児を待っていてくれたのだと思うだけで嬉しくなる。
「ただいま」
 だが、リビングの扉を開けても、キッチンにその支度をした気配があるだけで琴子はいなかった。
 油で汚れた手を洗ってから彼女がどこにいるか探すと、寝室にいた。ドアが少しだけ開いている。
「ごめんね、お母さん。ちょっと感情的になっちゃって……」
 琴子が……。ベッドに腰をかけ携帯電話片手に通話中。相手は喧嘩別れをしてしまった母親のよう。
「うん、うん。本当はね……。お母さんが言いたいこと、わかっていたの。でもね、私ね、あのドレスを選んだのはね……」
 彼女がそこで次の言葉を躊躇っている。英児もそれを知りドキリと心臓が動いた。『それを母親に言うのか』と。彼女が言おうとしていることには、英児も深く関わっていること――。
 それをついに。琴子が言ってしまう。
「あのね、その……。いつ、赤ちゃんが出来ても良いようにと思っているの。出来た時も着られるドレスを選んでいたの。本当はお母さんが私に似合うドレスを一発で選んでくれたこと、わかっていたよ。なのに、言えなくて。あそこでは言えなくて。まだ、お母さんには言えなくて……」
 言ってしまったか。英児の肩から力が抜けていく……。婚前だけれど、もうすっかりその気で彼女と子供が出来ても良いようなことを繰り返している。それを彼女の母親に知られてしまう。

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