ワイルドで行こう
「英児さんも、ごめんなさい。あんなところで母と娘で喧嘩しちゃって、間に挟まれて嫌だったわよね。お母さんも英児さんに悪いことをしたと心配していた」
「俺は全然平気だよ。ただ、やっぱり……琴子とお母さんが喧嘩するのを見るのは哀しいだけだよ」
琴子が申し訳なさそうに小さく微笑む。
「お母さんが、英児さんに気にしないように言っておいてと……」
「気にしていない。お母さんにも今度、そう言っておくし。琴子からも言っておいてくれ」
「うん。週明け、仕事の帰りに実家に寄ってみるわね」
「じゃあ、俺もその日に店を閉めたら行くよ」
それだけで、やっと琴子がいつも通りに柔らかな微笑みを見せてくれる。
いつもの彼女に戻ったところで、英児は彼女が毎朝座っているドレッサーのスツールを引き寄せ、ベッドに腰をかけている琴子の目の前にどっかりと座り込んだ。
「英児さん?」
訝しそうな彼女の目の前、彼女の目線に合わせ、英児は彼女の顔をじいっと真っ直ぐに見つめる。
もしかすると、ちょっと怖く彼女には見えるかも知れない。ただ真剣に眼力を込めると相手には『ガンとばして』と言われやすい目つきになってしまうだけ。だが琴子も黙って、英児の視線を静かに受け入れてくれている。
落ち着いて聞いてくれそうだと判断した英児は、そのまま琴子に告げる。
「俺な。はっきり言うと、鈴子お母さんの意見に賛成だ」
『え』と、琴子が目を見開いた。なんの話が始まるのだという戸惑い。だが英児はそんな彼女の反応もねじ伏せる。
「ファッションなんかわかんねー。どれもきっと琴子に似合うとか本気で思っていたけどよ。今日、お前が選ぼうとしていたドレスより、お母さんが選んだドレスの方がめちゃくちゃ似合っていたもんな。さすがお母さん、娘に何が似合うか、娘が何が好きか、よく知っているとびっくりしたんだよ」
「そ、そうなの。そんなふうに見えたの?」
「ああ。あんなに違いがあるんだな。お母さんが選んだドレス。本当は琴子も好みだっただろ。着たいと思っただろ」
そこでやっと。琴子が英児から目を逸らした。図星だったらしい。
「俺も思った。俺、お母さんが選んでいたようなあんなドレスを着た琴子が見たい。これ以上ねえっていうくらい綺麗な花嫁をもらいたいもんな」
ついに。琴子が黙り込み俯いてしまった。微かに見える黒いまつげにぽつんと小さな透明な雫が見えた。
「……もしかして。私、また……ひとりで張り切りすぎていた?」
「いや。俺は嬉しかったよ。五人も産みたいなんて。そこまで言ってくれて」