ワイルドで行こう
「お店のお手伝いを始めた時も、みんなに少しは休んで欲しいって心配かけちゃったこともあったし。ワックスがけを覚えたい時も、英児さんの気持ちを無視して愛車に手を出しちゃったし……」
「それは『よくしてくれる』ということがあった上で、『ちょっと頑張りすぎだから、ブレーキをかけろよ』と心配するだけのことで……。でも、まあ、うん。それって琴子らしいと思うから、俺は気にしていないんだけど」
それでも琴子は急に何かに目が覚めたかのように、悔いるように涙をこぼしている。そんなふうに女の子に泣かれると英児はとても弱い。
「あのな、そんなところ惚れたんだからさ。琴子のさ、そんなところが俺を助けてくれたんだからさ。そこまで頑張ってくれたから、一人でいることに平気になっても、その、その……本当は寂しかった俺のことよく見てくれて知ってくれて、俺の傍にいてくれるようになったんだろ。俺、琴子には感謝しているんだよ」
だが琴子はますます涙をこぼし、詰まるような声で言った。
「……違う。英児さんが、息苦しく暮らしていた私とお母さんを、ここまで明るくしてくれたの」
感謝しているのは、私達、母娘だ――と琴子が言い切ってくれる。
「俺だって、琴子とお母さんがあったかいところに、すげえ癒されているんだからな」
俯いている黒髪の小さな頭を英児は胸元に抱き寄せた。
その身体を抱き寄せただけで、とても温かかった。この時期になるとピットでの仕事は身体が冷える。そこから帰ってきて汚れた指を洗うと、手はさらに冷たくなる。だから琴子がとても温かい。その身体をさらにぎゅっと傍に抱き寄せた。
「英児さん、冷えてる」
琴子も気がついたようだった。胸元から顔を上げ、目の前にある英児の黒目をじっと……今度は琴子がみつめてくれる。
「このお仕事って、大変。夏は炎天下の外で、冬は冷え込むピット。なのにみんな黙々とお仕事をやっている」
そうして琴子の温かい手が、英児の両頬を包み込んでくれる。その優しくて柔らかくて、あの匂いが微かにする温かい手を感じると、英児の身体の芯もじんわりと熱くなる。
いつもそう。とろけていきそうな琴子の温かい肌。頬を包む彼女の手を掴み、英児はそっと手のひらに口づけてお礼をする。
そうすると、琴子の黒い目が熱く溶けそうになっているのを英児は見つけてしまう。そんな目で見られると……。
「琴子――」
ついに英児は琴子を、後ろのベッドに押し倒していた。彼女も驚いた顔。もう何度も英児の『いきなり』を体験しているはずなのに、いつもびっくりした顔をする。