ワイルドで行こう

 そして英児にあるものを差し出した。『体温計』だった。英児もそれを受け取り眺めてびっくりする。
「大丈夫じゃねーだろ。三十八度六分てなんだよ」
「……朝方、すごく身体中が痛くて。英児さんと一緒に毛布にくるまっているのに寒くて。もしかしてと思ってさっき計ったら、こんな熱……」
 薬、飲めよ――。そう言いたくなって、『そうだ、武智に言われたばかりだった』と英児は我に返る。
 そして琴子も手にしたはずの薬の箱を放ってしまった。飲みたいけど飲めない、そんなもどかしさに英児には見えた。
「琴子、お前……もしかして。子供のことを気にして、風邪をひきそうだと思った時、薬を飲まず我慢したりしたか」
 彼女が驚いて英児を見上げた。
「……英児さん。そういうの知っているの?」
 武智が大正解。そしてそれを今の今まで知らなかった英児は情けなさでいっぱいになる。
「わりい。琴子。俺……なにも知らなくて。子持ちの妹がいる武智に『気をつけた方がいい』と教えてもらって、やっと」
 だが琴子は気怠そうな眼差しでも、優しく微笑んで首を振った。
「ううん。だって。できるかどうかなんて判らないのに。私が一人で張り切っていた上に、そこまで気を回していたなんて、いちいち言えなかった」
 だがそれは、琴子の『本気』とも言える。それだけ英児と『家族をつくろう』と真剣に考えてくれているということ。そこまで知ったら何も言えない。
「でも、そうしたらこんなになっちゃって。熱なんて滅多に出ないんだけど……」
「いつもなら、こんなになる前に、なんとか乗り切ってきたんだろ」
 琴子がこくんと頷く。本当に頬が真っ赤で、見ているだけで吐いている息も苦しそうだった。
 英児は即決断。
「よし。俺が病院に連れて行ってやる。簡単でいいから支度しな。医者に相談すれば『もし』の時でも大丈夫なもん処方してくれるんだろ。行こうぜ、すぐ!」
 彼女が笑った。
「即決、英児さんらしい……。うん、お願いします。支度してくるね」
 支度を終えた彼女をすぐに愛車のスカイラインに乗せ、英児は朝一番近所の産婦人科へと付き添った。
 思わぬ形で『産婦人科初体験』をしてしまう。
 無我夢中で彼女を連れて行ったもんだから、気がつけば待合室は妊婦ばかりで落ち着かなかった。しかも、車屋の作業着姿で男一人。なんだか目立っているようだったから。
 だけど、帰ってきた彼女がすぐに英児に報告してくれる。『念のために調べたら妊娠はしていなかった』と。
 安心したような、やっぱりがっかりしたような。いやいや、この前『お前に一番似合うドレスで式を挙げて、嫁さんにもらうんだよ』と豪語したばかり。
 これで良かったのだと思った。

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