ワイルドで行こう

 事務所に戻ると、香世は武智と矢野じいと一緒に楽しそうに談笑していた。
「香世。代車、外に準備できたから」
「有り難う。じゃあ、検査終わったらまた来るね」
 必要書類も武智が既に記入させているようで、小さな子供がぐずる前にと香世もバッグ片手にもう帰ろうとしていた。
「矢野じいと武智君からいろいろ聞いちゃったー。英児君からがんがんアタックしたんだってねー」
「もうなんだよ。ほんっとにお前らお喋りだな!」
 怒ったところで毎度のこと。矢野じいに武智がそうして英児のことをからかうのも。
「彼女に会えなくて、ざんねーん。車を取りに来た時に会えるかなあ」
 末っ子の手を引いている香世は、照れるのを必死で我慢している英児を見ておもしろがっている。
「できあがりは平日。彼女、仕事だから。会いたいなら土日に来いよ。紹介するからよ」
 堂々と突きつけた途端だった。あんなに余裕で笑っていた香世の表情がちょっとだけ静止した……気がした?
 英児をからかう笑いで溢れていた事務室だったが、そんな中、急に矢野じいが笑みを消して外を見据えていることに英児は気がついた。
「おい、英児。あれ……」
 その目線を追うと。事務所のショーウィンドウの向こう、龍星轟の店先に白いコートに水色の鮮やかなマフラーをしている女性が現れる。しかもその女性、こちらに当たり前のようにすたすた歩いて近づいてくる。
 マスクをしている、眼鏡の……。
 ――琴子!
 英児がそう気がついた時には、外を歩いている彼女も気がつき目があった。
 完全防寒姿で、眼鏡にマスク顔の彼女がにっこり微笑んだのが英児にはわかった。そして琴子はそこで『客』がいることに気がついたのか、子供を抱いている香世に一礼をしてくれる。そのまま夫になる英児がいる事務所には近寄ってこず、事務所の裏口勝手口へと姿を消してしまった。
 しかし、英児達がいる事務所のすぐそこは二階自宅へ向かう通路。そこから琴子の足音が聞こえてきた。二階自宅に、当たり前のように戻ってきたようだが、何故?
 英児の身体はもう彼女へと向かっていた。裏通路への事務所ドアを開けると、琴子がちょうど階段を上ろうとしているところ。
「琴子!」
 水色のマフラーに埋もれている顔がこちらをちらっと見た。よく知っている眼鏡に、あの可愛い目。まだ熱で潤んでいる……。

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