ワイルドで行こう
「そんな我慢できねえよ。俺も、寂しかったんだよ……マジだよ。昨夜、ひさしぶりにビールを飲んじまっただろ」
「え、そうなの」
走り屋は夜は滅多に飲まない。なのに飲んだ。その意味を琴子はもうよく知ってくれている。
今度は琴子が英児を包むように抱きついてきてくれた。
「ごめんね。また一人にしちゃって」
「お前が大変な時まで傍にいてくれなんていわねえよ」
でも英児はもう帰したくないとばかりに琴子を抱きしめていた。そして、唇がダメなら……と。いつものように耳元の黒髪をかき上げ、黒くて小さい印を探し、そこに吸いつくキスをした。
「んっ」
それだけで悩ましい声を漏らした琴子。すぐに英児の愛撫を感じてくれ、それだけで心が満たされていく。
「あの、お客さんだったんでしょ」
「あ、そうだった」
「私、二階で休んでいるわね。夜は英児さんと一緒に大内の家に帰るからと、お母さんにも連絡してあるから」
「わかった。じゃあ、一緒に実家に帰るんだな」
「うん。もう一晩だけ、向こうで休むわね」
英児も納得して頷く。もう充分だ。病み上がりの彼女が外に出た弾みで英児の元に飛んで帰ってきてくれただけで――。
白いコート姿の彼女が、ゆっくりとした足取りで二階自宅の玄関へと向かっていく。それを見届けて、英児は事務所に戻った。
ドアを開けると、矢野じいと武智も心配そうな顔を揃えている。
「琴子さん、どうして」
武智は尋ねてきたが、矢野じいはもどかしそうに口を閉じている。師匠のそんな難しそうな顔が、何故か香世へと視線を流し英児に合図を送っているように見えた。
そこにはぐずる息子を抱いたまま、先ほどの明るさもどこへやら。笑顔をなくしてしまった香世が店の外を見つめていた。
「えっと……。ん、まあ……帰ってきちまったみたいだな」
「あの、私。もう行くね。車、お願い」
急に笑顔になった香世が息子を抱いて、さっと事務所を出て行ってしまった。
そんな香世を見て矢野じいがため息をつく。
「今更なんだよな。とことん笑い飛ばして欲しかったな」
矢野じいが残念そうに口元を曲げ、香世の背を見送っている。
その時、武智がハッとした顔になる。
「え、矢野じい。それってそういうこと?」
「はあ? お前、わかっていたんじゃねーのかよ」
二人の会話に――。英児も武智同様『なんのことか知ってしまう』。だがそれは『当の本人』からすれば、ちょっとした、いやかなりの衝撃だった。