ワイルドで行こう
だが。香世がピットを出る前に、英児に振り返る。
「次、このお店に来た時。その時に奥さんを紹介してもらうね。その時に離婚していたら大笑いしてあげる」
眼鏡の彼女が笑った顔はもう。英児が恋した大人しい可愛い女の子ではなく、どこか逞しい主婦になった腐れ縁の同窓生。
「うっさいな。お前も今日ぐらい小綺麗になれるなら、普段も頑張って旦那に振り向いてもらえよ」
「うるさいなー。普段もこれぐらいお洒落しているわよっ」
『じゃあ、またな』
『うん、またね。結婚おめでとう』
『ありがとうな、香世』
『バイバイ』
――終わった。と、英児は思った。
香世がピットを出て、マーチに乗り込んで出て行ったかどうかは見えなくても。終わった。俺の胸に刻みつけられていた初恋も失恋も。そして変に残っていた男と女も。もうからっぽ。
次、本当に来てくれるのかは解らない。でも、もし来てくれたら……。その時は本当に、腐れ縁の同級生になれるのだろう。英児はそう思う。
その答はまた数年後――。
―◆・◆・◆・◆・◆―
その日の夜。英児はいつも通り、残業で帰りが遅い琴子を二階自宅で待っている。
琴子も風邪が治り、仕事に復帰。年末商戦の受注に追われていた。
「ただいま」
ダイニングテーブルで中古車雑誌を眺めていた英児は、その声を聞き、すぐさま玄関に向かう。
「お疲れ、琴子」
「ただいま、英児さん。もしかして……。またご飯を食べないで待っていた?」
残業が続くと琴子は目を使う業務が増えるとのことで、コンタクトをやめて眼鏡にしてしまう。今夜も眼鏡の笑顔で帰ってきた。
だけれどもう。英児にとって『眼鏡の可愛い女の子』は琴子しか思いつかない。
そんな琴子が靴を脱いであがるなり、英児はぎゅっと腕の中いっぱいに抱きしめてしまっていた。