ワイルドで行こう

「英児さん、どうしたの」
 琴子の声はとても落ち着いていた。そして、そんな時の英児の無言の気持ちを思いやるように、すぐに抱き返してくれる。
「メシ、食ってない」
「やっぱり……。今夜もお母さんに頼めば良かったかな」
「いいや。もう鈴子お母さんもここのところずっと俺達のメシを作ってくれていたからさ」
「そう思って……」
 琴子が両手になにかを持って、英児に見せた。
「簡単で申し訳ないけど。帰りに会社の近くで評判のお惣菜屋さんで見繕ってきちゃった」
「うん。それでもいい」
 そういいながら、もう一度琴子を抱きしめる。
「……なにか、あったの? 英児さん」
「うん。いいことがあった」
「本当にそれは、いいことなの?」
 ばれているなあと思う。本当はどこか胸が痛い。香世と真っ正面からやりあった痛い感覚が残っている。でも、それは……。
「俺。元ヤンで走り屋で、学歴無くて、いいとこのお嬢さんに相応しくない男だなんて――」
 いつもの卑下する元ヤンコンプレックスの男の呟きを聞いた琴子が、胸元から心配そうにして英児を見上げた。だが英児は言う。
「もう二度と思わないことにした」
 いつもと違う割り切りに、琴子が驚いた顔。
「やっぱり俺とお前は出会うべくして出会ったんだ。きっと俺はお前と出会うために、傷ついてきたんだ。琴子だってそうだろ」
 今日、英児は『初めての女』だった香世とやりあって思った。本当にそう思った。俺を二度も拒否した女が『いい男』として認めてくれていたことも、その女に拒否されて始まった『元ヤンコンプレックス』も。それはもう琴子という女にはなーんにも関係ないこと、故に、これからも英児が気にするほどのものではなくなったのだと、グッと実感することが出来た。
 それまでお互いに付き合ってきた異性もいた。結婚のチャンスもあった。でも、どれもこれも自分の存在を否定するかのように上手くいかず弾かれ続け……。でもその最後。互いに傷ついていたからこそ、引き合った。
 匂いだけじゃない。匂いに惹かれてその後は、互いが重ねてきた生き方を知って惹かれたんだ。引き合ったんだ。分かり合えたんだ。
 そこに、いいとこのお嬢さんも学歴なしの元ヤン男も関係ない。

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