ワイルドで行こう
「お仏壇のお父さんにも、これで食べてもらえる。お婿さんからって、私から言っておくね」
「会いたかったな、琴子のお父さんに」
「そうね。私も、お父さんに英児さんを会わせてやりたかったな」
そこで急に琴子が俯いて黙ってしまった。あんなに上機嫌だったのに。やはり、結婚するにあたり父親がいないことを今まで以上に強く感じているのかもしれない。
そんな彼女の頭を、英児は運転席からそっと撫でてやる。すると彼女も直ぐに笑顔に戻る。
「年が明けたら、英児さんのお父さんに新年のご挨拶に行こうね」
「そうだな」
いつもなら大晦日の夜にギリギリに帰って、正月の挨拶が一通り終わったら龍星轟に逃げ帰っていた英児だったが……。
「実家の親父から『琴子さんと一緒に来い』と、店に電話してきてびっくりしたもんなー」
「やっぱり英児さんのこと、気にしているのね。お父さん」
それは琴子が間に入ってくれるようになったからだよ――。そう言いたい。きっと親父も意地を張って口悪く言う性分が止められなかったのだろう。以前ならそこに死んだ母が間に入ってくれていたから。
今度はそれを琴子が……。
「もうすぐ、マスターのお店ね。さすがに今日は閉まっているのかな」
長い海岸線を走っていると、いつのまにか漁村まで帰ってきていた。
「いや、毎年、大晦日でも開けている」
なるべく家族を避けて一人で過ごしてきた英児はよく知っている。漁村の店にくれば開いているから、そこでマスターの穏やかな顔を見て、晴れた瀬戸内の海を傍にゆったりと食事をする。年末年始それが出来る数少ない場所だと知っている。
「閉まっているのは、正月二日ぐらいじゃねえかな。盆もやっているし」
「英児さんも運転疲れたでしょう。私もちょっとお腹空いちゃった」
「そうだな。寄ってみるか」
冬の薄い空色の下、穏やかな海の側にある店へとスカイラインを向かわせる。
「いらっしゃい」
どんな時もいつも通り。カウンターにどっしりとエプロン姿のマスターがいた。
そして、いつも通り。にこやかに迎えてくれるが、揃ってきた二人にあれこれと話しかけては来ない。
初めて琴子を連れて来た時のように、英児は奥のフロアにある海辺の席へと向かう。琴子もそれが当たり前のようについてくる。
もうそこは二人にとっても『いつものテーブル』だった。同居を始めてからも、幾度か来た。マスターにも結婚は報告済み。『おめでとう』の言葉ももらっている。
店も静かだった。いつもは二組、三組くらいはいるのだが。やはり年の瀬か。この日は英児と琴子の一組だけ。