ワイルドで行こう

「いえ、どこかになにかがあるはずなんです。そうでなければ、こんな短期間であっという間に夫妻にはなれないでしょう。どこかであるはずなんです。お二人だからこそ、融合したなにかが」
 もう前カレの顔ではなかった。クライアントの希望に敵うよう、手探りで答を必死に探しているデザイナーの顔だと思った。
「あの、そのチョーカー……」
 雅彦が急に、英児の首元を指さした。そこには、黒い革ひものチョーカー。琴子が作ってくれたものだったが、雅彦の目に留まったのはペンダントトップに特徴があるからだろう。
「それ、琴子さんの指輪と同じですね」
「ええ。その、」
 琴子が『整備仕事で指にはめられないなら、こうして首につけておくってどう?』と、革ひもに指輪を通して英児につけてくれたものだった。もうこれで琴子同様、肌身離さずつけていられる。それから毎日、英児の首元には龍の指輪チョーカー。
「彼女は婚約指輪だと言っていたんですけど」
 龍の彫り物がしてある琴子らしくない指輪。とでも言いたいのだろうか。
「絶対に彼女が選ばないデザインで、ファッションにも合っていなくて、ものすごく指先が目立つんですよ。分かっていても目についてしまう」
 やっぱり。琴子らしくない似合わないものを贈りやがった。とでもいいたのだろうか。英児も何故こうしてしまったか自身で良く分かっているつもりだが、この男にだけは言われたくないなと構えていると。
「なのに。彼女が事務仕事の合間に時折、その指輪を見つめて一人でにっこり嬉しそうに笑っているんですよ。本人は『人知れず』にっこりしているのかもしれないけど、三好社長を始め、事務所のデザイナー一同誰もが目撃をしていて、皆が『彼女らしくないごっつい婚約指輪なのに、あんな幸せそうに』と言っているぐらいで」
「え、彼女が……そんな顔を」
「そうですよ。『よほど、男っぽい滝田社長が好きなんだね』と口を揃えているほどですよ」
 うわー。あの事務所のデザイナーの誰もが、琴子のそんな顔をこっそり知っていたなんて。英児の頬が熱くなってしまう。
 だが、ふと見ると。雅彦は笑っていず、真顔だった。
「それを見て思ったんですよ。あんなに趣味が違う指輪を、あんなに愛おしそうに見つめているんだから。どんなに趣味が違う『厳つい龍』でも、彼女の中ではきっと、彼女なりの龍になっているはずだと」
 その言葉に、急に。英児の身体にざわっとした胸騒ぎが駆け上がってくる。鳥肌……と言えばいいのか。
 琴子の言葉で言えば『いま英児さん、ピカてビリて来たでしょ』というヤツ。

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