ワイルドで行こう

 見たことがない車、だと思う。しかも運転席には女性。
「社長、自分が出迎えてきましょうか」
「おう、頼むわ。武智」
 客の前では、きっちり従業員の顔を保っている武智が、眼鏡の横顔で事務所を出ていた。
「では。また数日後に経過をご連絡しますね」
 客が来たためか、雅彦の片づける手も忙しくなる。英児は初めての客を気にしながら頷くのだが、そこで雅彦が赤いアウディから降りてきた女性を見てハッとした顔になったのを見てしまう。
「うわ。……彼女、琴子さんの大学時代の後輩ですよ」
「え!」
 雅彦が『やばい』と溜め息をついて目を覆った。
 英児も驚き外を見ると、赤いアウディからショートボブヘアにパンツスーツ姿の颯爽とした女性が降りてきた。
 彼女の後輩と言えば。地方新聞社でお勤めの、バリキャリ女子。年下でも頼りがいあるアグレッシブな後輩だと琴子が言っていた、あの?
「俺、彼女……苦手なんですよ。琴子があまり自己主張をしない分、彼女が代わりにガンガン物を言うといった感じで」
 琴子を捨てた男として、琴子と仲が良い後輩の彼女にはよく思われていない。別れた後、しかも琴子が結婚した男と話している姿など見られた日には……。そんなところだろうか。
 その彼女が武智のエスコートで事務所に向かってきている。
 奥さんの知り合いなのに。奥さんが留守の間に、龍星轟でなにか起きそうな予感の旦那さん。

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