ワイルドで行こう

「これ。琴子の匂いに似ている。なんだろ、作り物じゃない、自然の香りっていうか……。野性味? 彼女に、野性味……はおかしいけど、こんなかんじの匂い」
 『自然と放たれる甘い匂い』。それだった。そっくりというわけじゃないが、匂えば『これって女の子の甘酸っぱい匂いと似てる』と言いたくなる。この野生的なイチゴが『自然界の匂い』ならば、女の子のそのまんまの匂いも『自然界の匂い』というべきか。
「すみません。俺もいいですか」
 あんなに帰ろうとしていた雅彦が戻ってきてしまう。英児と肩を並べ、小さなイチゴに触れて匂いを確かめている。彼もびっくりした顔?
「近年、幸せを呼ぶワイルドベリーとか持て囃されていたので『またそんな……』と聞き流していたのだけれど。こんな鮮烈だなんて」
 それだけ言うと、雅彦はその場で急にスケッチブックを取り出し、スケッチを始めてしまったので英児もびっくり。
 だが、やっぱり。同じ電撃と感動を共感したのだと英児は確信した。
「本多君。これ、使えないかな」
「使えますよ。さっき上甲さんが『ヘビイチゴ』と言いましたよね。それなら『ドラゴンベリー』にしてみてもいいかも」
 うわ、それすげえいい!
 男二人顔をつきあわせて、思わず頷き合ってしまう。
「俺、帰ってさっそくデザインしてみます」
 ささっとスケッチを終えると、雅彦は今度こそ事務所を飛び出していった。
 静かになった事務室。店先から消えていくミニクーパーを、紗英が黙って見送っている。
「デザインという仕事のためなら、クライアントが元カノの旦那さんでも平気なんですね。琴子さんがおつきあいしていた頃から、本質は仕事が優先の冷たい男性だとは思っていたんです。琴子さんだから……」
 英児も分かる。優しい琴子だから、好きになった男をよく見て、気遣っていたのだろう。その良さを大事にしてくれなかった。そう言いたそうな怖い顔をしていた。
 だが、英児はそんな小柄だけれど気が強そうな琴子の後輩を見て、そっと微笑む。琴子にこんな心強い女友達がいてホッとした。そんな気持ち。
「これ。直せるかな。琴子にはリボンをつけたまま渡したかったな」
 テーブルに散らかしてしまったラッピングを、元に戻そうとしてみるのだが。そこで紗英がほどいてしまったリボンだけを手に取り、緑の葉に結んでくれる。
「琴子さんは体裁なんか気にしませんよ。気持ちを大事にしてくれる女性ですから」
 うん。その通りだ――と、英児も頷ける。これは本当に良い友人だと。

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