ワイルドで行こう
「うん、わかった。それなら、おっさんもいつまでも元気でここで頑張ってくれよ」
マスターもいつもの穏やかな笑みで頷いてくれる。
「そういえば。武智君から聞いたよ。突然、矢野君が琴子さんのお父さん代わりをすることになったんだと」
到着する英児の親族と龍星轟のメンバー、そして琴子の親族。マスターが見渡し、矢野じいがいないことを確かめている。
「うん。そうなんだ。三日前ぐらいかな? 龍星轟で式当日の最終確認をした時に……」
その時の状況を英児は伝える。
いよいよ日曜日は滝田夫妻の挙式披露宴。親族がこれだけきて、三好堂印刷からは父親の三好社長と、琴子の上司であるジュニア社長と、琴子が入社当時から親しんできた製版課の男性先輩数名が出席する。場所、集合時間、移動経緯、漁村披露宴での段取り……などなどを、龍星轟一同も間違いがないよう確認。
琴子も式前とあって、数日の休暇をもらい、その最終確認の場に事務所にいた。
――どうぞ、皆様、よろしくお願い致します。
英児と琴子が、出席してくれる従業員にそろって礼をした後だった。
「琴子、英児。おめでとうな」
入籍した時にも言わなかった言葉を、こんなときに矢野じいが呟いたので、英児と琴子は揃って顔を見合わせてしまう。だが矢野じいの顔は『しっかりやれよ、クソガキ』と言った時同様、怖いほど真顔だった。
その矢野じいがこう言いだした。
「琴子。母ちゃんと二人で心細かったかもしれないが、これからは英児もいる、英児の父ちゃん兄ちゃん、義理の姉ちゃんもいる。それに、わすれんな。龍星轟という家族がいることを。俺も出来る限り、協力するし、兄貴も三人いるだろ。一人で困っていないで、ちゃんと言えよ」
兄弟もなく、片親になり、鈴子母と二人きりだった琴子へ。矢野じいからまだまだお前の側に人はいるぞと安心させる言葉――。
何故か、いつも穏やかで陽気な兄貴も、明るい武智もしんみり俯いていたりして。そして英児も、矢野じいの言葉が、どれだけ琴子を安心させるかわかっていたので、感謝の気持ちで溢れそうになった。
そして琴子は、英児の隣でもう、静かに涙を流していた。