ワイルドで行こう
「有り難うございます。矢野さん」
彼女の心に微かな不安もあったのだろう。夫と家庭が持てたことは素晴らしい幸せかもしれない。だけれど、最後の最後、強みは実家。その実家には体が不自由な母だけが待っているのみ。いつどうなるかわからないことも、彼女だから身に染みているはず。
そこを矢野じいがしっかり見抜いて、支えようとしてくれている。その気持ちが琴子に通じ、だからこそ涙が止まらなくなってしまったようだ。
涙が収まると、琴子がまた急に言いだした。
「あの……お願いが……」
矢野じいも早速、頼られ『おう、なんだ。なんでも言ってみい』と胸を張って受け止めようと構える格好。
「私、もう父がいないから。英児さん同様、私も矢野さんに親父さんになってほしい。だから一緒に歩いてくれませんか」
歩く? 龍星轟の男共一同、一瞬なんのことだと揃って首をかしげた。だが、矢野じい以外の男共と英児はすぐになんのことか解って、急に『うんうん。それいいんじゃないか』と口を揃えた。
矢野じいだけがきょとんとしているので、隣にいた武智が矢野じいを肘で小突く。
「ほら。ヴァージンロードのことだよ。お父さんの代わりに、歩いてくれと言っているんだよ。教会では親族が適役だけど、お手製ロードだから矢野じいでも出来るだろ」
それを聞いた矢野じいが『なにー!』と、途端に仰天した顔。
「いや、ほら。なあ」
なあ。じゃないだろ。こういう時こそ、協力してやれよ! 武智と兄貴二人がここぞとばかりに、戸惑っている矢野じいのお尻を叩いてくれた。
すると、矢野じいも。『琴子のためだ。おう、やってやらあっ』と、最後にはドンと引き受けてくれた。
それを聞いたマスターが、くすりと笑っている。
「そうか。琴子さんのお父さん代わりか。英児君の親父同然の彼だから、それは当然なことかもね」
照れて引き受ける様が目に浮かんだよ――と、マスター。
「緊張して、矢野君が転ばないといいけどねえ。麗子さんの話では、お嬢さんの教会式の時もガチガチだったらしいよ」
「それ。俺も麗子さんから聞いているんで、ちょっと心配。いや、あのクソ親父のそんなところ、見てみたかったりして」
「言えてる」
マスターと笑っていると、武智から『花嫁さん、到着です』との一声。
親族に、既に到着していた三好堂印刷の社長親子に従業員が、武智の案内で海辺に向かう花の道を取り囲むように並んだ。
「新郎はテーブル前で待っていてよ」
きびきびとした武智の『進行』。英児も従って、白いテーブル前に立ち待機。店先に止まった白いワゴン車。そこから留め袖姿の鈴子母が降りてくる。