ワイルドで行こう
琴子がじっと英児を見つめている。
『どーしたのー、英児おじちゃん。誓いのキッスまだあ!?』
英児の甥っ子と姪っ子まで、楽しそうに急かしてくる声。
琴子がそこで、にっこりと英児を見て笑った。
「言わなくても……。もう沢山、『愛している』て、聞いてるから」
え、俺。そんなこと、いつの間にか言っていたか? 思い当たらないと英児は目を丸くしたのだが。
「言葉なんて、貴方には似合わない。強いキス、いつも肌に触れる手、毎日、いつも。その一回一回、いつも英児さんから『すげえ愛している』て聞こえていたもの」
「そ、そうなのか?」
確かに。英児の愛し方はそれだった。彼女を見ると抱きしめずにいられない。キスをしたくなる。素肌に触れずにはいられない。彼女に触れること、肌を愛でることが、英児のお前が欲しい愛している――だった。
「そうよ。だから、もう、その言葉はいいの」
言えないのは、英児さんが動物的に愛してくれるからよ。そう言って、今度は白いドレス姿の琴子から英児の首に抱きついてきた。
しかもあろうことか。琴子は飛びついてきたそのままの勢いで、愛しているが上手く言えずにいる英児の唇をぎゅっと塞いでしまう。
「わー、嘘だろ! タキさん、なにやってんだよ。琴子さんからキスをしてもらうだなんて!!」
「英児叔父ちゃん、ちゃんとやれよー!」
武智と甥っ子の声が遠く聞こえるほど。英児は花嫁からのキスに茫然となっていた。参列者もますますからかいの歓喜で湧いている。
キスをくれた琴子がそっと囁く。『ずっと一緒よ』と。それを聞いて、英児もやっと我に返り、花嫁の彼女をまたぎゅっと抱きしめる。
彼女の頬に触れ、塞がれている唇を今度は彼女へと押しつける。今日は濃密なキスは人目を憚るので、英児もグッと堪える。それでも琴子の唇を吸って噛んで、なんどもキスを繰り返す。やっと琴子が『ん』と困った顔になる。
いつまでも続く英児の長いキスに、ついに龍星轟の兄貴達が『いい加減にしろ』と、一足早く花びらを投げつけてきた。
もう進行もめちゃくちゃ。決まりきったヴァージンロードの段取りを無視した、でも、賑やかな祝福。
唇を解放された琴子が、また英児を見つめて、ふんわり優しい微笑みを見せてくれる。それを見て、英児はまた琴子の頬を捕まえてキスをしてしまう。
「さあ、皆さんも一緒に。この野郎と、花を投げてください!」
武智のかけ声で、帰りの道で投げてもらうはずだったフラワーシャワーが、海辺でキスを繰り返す二人に一斉に投げられる。
花びらが降る中、潮風にふわりと海辺に流れていく白いベール。そこに花嫁の微笑み。愛して止まない唇。
俺、ジジイになってもずっと思い出すよ。今日のお前を。
それが、彼女にやっと言えた言葉だった。