ワイルドで行こう
もうすぐ灯台がある先端。そこまで上りつめても、琴子ははあはあと気分が悪そうだった。
やっと、時々彼女と訪れる灯台岬にたどり着く。
英児が心配する間もなく、琴子はすぐに外に飛び出し、またスカイラインの傍に座り込んで苦しそうにしている。
なんか、おかしいな。この女房がこうして我を張る時は、なにか大きな意味があるんだ。しゃがみこむ妻を見下ろし、英児はそう確信する。
また彼女の背をさすって、英児は尋ねる。
「琴子。どうして今日、岬に来たかったんだ」
彼女自身も休暇をとったりして。もし体調が悪くて休暇を取ったなら、こうしてドライブに行こうなんて言い出すような性格じゃないのに……。
そこで彼女が『大丈夫』と笑顔で立ち上がった。それでもハンカチで口元を押さえながら、海が見渡せる崖手前まで歩いていく。
五月の風は爽やかで、平日の岬は静かだった。そして風とさざ波の優しい音色。かすかにひばりの唄声。灯台がある岬までの道は新緑に彩られている。見渡せるそこに立つと、黒髪をなびかせる琴子もやっと笑顔になる。
隣に寄り添って立つ英児の手を、彼女がそっと握りしめてくる。そして変わらぬ愛らしい眼差しで、あんなに青ざめていたのに、いつもの柔らかい笑みを見せてくれた。
「どうしても来たかったの。暫く、ここまでは来られないだろうから」
暫く、来られない? 英児は首をかしげる。
「なんでだよ。いつだってお前が行きたいと言えば、夜中だってなんだって俺が連れてきてやるよ」
俺はお前のロケット。お前が迷っている間に、抱きかかえてどこだって。俺が連れて行ってやると――。本気だった。
だが琴子が笑顔で首を振り言った。
「私のお腹が大きくなっても?」
お腹が、大きくなる――?
暫く考え、琴子のぺたんこの腹を見下ろし、英児はそんな彼女を想像し、やっと気がつく。
「え! 琴子。お前、それって……」
「いま、三ヶ月だって。車に酔いやすいのも、つわりが始まったところだから。暫くは頻繁なドライブは禁止かなって」
「だってよ、お前……。俺達、この前……」
まだ飲み込めない英児を見て、琴子は致し方ない笑みを浮かべ海を遠く見つめる。
「そうね。できるかどうか調べようと決めたばかりだったものね」
結婚して二年。どんなに愛しあってもどうしても出来ない。なのに今度はあんなに子供を早く欲しい五人産むと急いでいた琴子の方が、どっしり落ち着いてなにも言わなくなった。
それでも二人の間で『子供欲しいね』などは、徐々に話題にするのも気を遣うような空気になってきて、その話題になると会話が続かなくなったりした。そして丸二年、三年目のこの年。琴子の年齢もあり、英児からついに切り出す。
――『俺が原因なのかもしれない。琴子、はっきりさせに行こうと思うんだけど、どうだろうか』と、投げかけた。