ワイルドで行こう

 すると琴子も神妙な面持ちで、英児の目をしっかり見て『そうね』と快諾してくれる。
 ダメならダメとはっきりさせて、ダメだったなら、これから二人だけで生きていく気持ちを固めよう――。
  二人でそう決意したのは、先月のこと。そうしたら、なんだって? え、どうしてこういう流れに? 俺と琴子が結婚してから、もやもやしてきたあれはなんだったんだよ?
 英児は改めて、琴子のお腹を見つめる。その視線に気がついた琴子が、小さな白い手でそこをそっと撫でた。
「次に来る時は、三人でね。ロケットに乗員一人増えます。よろしくね、パパ」
 白い灯台から吹き込んでくる青い潮風に、琴子の黒髪が舞う。あの結婚式の時のような微笑みが、また。
 そのまま英児は黙って、母親になる女房を抱きしめる。きつく、何度も強く抱き返した。彼女も優しく英児の背を抱いてくれる。
「マジかよ。なんだよ。今頃。もっと早く……」
「困っているパパを見て、慌てて来たみたいね」
 当分来られないからと、琴子は英児の胸の中で、濃い潮風を胸いっぱいに吸い込んでいる。
「海はパパの匂いって、教えるつもり」
「は、なんだよ。それ。わけわかんねえ……」
 つまり『原始的』。彼女がそう笑う。やっぱりわからない。でもそうなっているらしい。

 子供の名前、どうするかな?
 まさか、車の名前とか言わないわよね?
 セリカとかセレナとか。あ、セナとかいいなあ。
 えー、本気なの!?
 女だから、それしかないだろ。
 セナは男性じゃない!

 お腹の中にいる子は、女の子だと判明した。
 そうして名前を『車関係にするのが俺の夢』だと言い張っていたら、女房どころか、従業員にも『よく考えろ』と言われ、矢野じいにも『琴子の意見を無視するな』と言われ、滝田の父親にも大内の義母にも『ちょっと待ちなさい』と引き留められる始末。
 お椿さんの祭りが終わった頃。二人の挙式記念日間近に、その子が生まれた。
「お母さん、お父さん。おめでとうございます」
 頑張る彼女に一晩中付き添って、朝方生まれた子。汗びっしょりになってぐったり横たわっている琴子に、白い布に包まれたちいちゃな赤ん坊が渡される。
「ちっちゃい……。可愛い」
 お腹にいた子。初めての対面。待ちに待ったベビー。琴子が涙ぐんで、その子の頬をつついた。
「ほら、パパも」
 琴子に促され、助産士の手添えで英児もやっと、この腕に……。
 ちっちゃくて。本当に赤い。赤ん坊。ちゃんと瞬きをしているのを見て、英児もそれだけでドキドキする。

< 399 / 698 >

この作品をシェア

pagetop