ワイルドで行こう
「ああ、車検の点検とか。修理とか。いろいろ」
 琴子も思い出す。あの紺色のジャケットには、よく見ると確かに『車屋』ぽいワッペンが貼り付けてあった。まるでレーサースーツなどに縫いつけているかのようなワッペン。あれは車屋の制服なのだろうかと思っていたところ。
 そこで母が杖をついて、やっと玄関から出てきた。
「いらっしゃい、滝田さん」
 もう母も嬉しそうな笑顔。だが、母を見た途端、彼もにっこり優しい笑顔を見せる。なんだかちょっと妬ける。
「お母さん。先日は俺、気がつかなくて。降りた時に確認すれば良かったのに」
 もう、違うわよ。わざと、貴方の死角に『確信的忘れ物』をしたんだから。と、琴子。申し訳なさそうな顔をした彼に、こちらが申し訳なくなる。
 なのに母も白々しくも『まあ、お世話かけました。有り難う』とにっこにこ。彼が差し出した紙袋を受け取った。
「それともう一つ。俺、今日、仕事で南の方へ営業に行ったので。帰りに日吉村の市場に寄ってきたんですよ。ここの田舎蕎麦が美味いんで、お母さんにどうかなと思って」
 今度は琴子も母も共に驚く。
「もう、滝田さんったら。そんなことわざわざ」
 今度こそ、確信犯母も恐縮したようだった。
 だけれど。やっぱりお兄さんはお兄さんだった。琴子にコートを持ってきた時のように、母の手に蕎麦の土産を握らせてしまう。
「いいんですよ。通り道で近くを通ったら俺が食べたいから、いつも買うんですよ。そのお裾分けだと思ってください」
 もう母も茫然だった。それどころか、彼をじいっと見つめてそのまま。
「有り難う、頂きますね。琴子の父親もここのお蕎麦が好きで、良く買ってきたので。久しぶりで嬉しいです」
「そうでしたか。よかった……」
 なんでもすっぱり気持ちよく行動する割には、彼がとってもホッとした顔に。胸までなで下ろしたりして……。ちょっといつもと違うように見えてしまったのだが?
「せっかくだから、茹でて一緒に食べましょう」
 唐突な母の誘いに、流石の彼も『え』と戸惑いをみせる。琴子も苦笑い。母はすっかりその気でも、彼にしたらまだ誘われていないのに。
< 40 / 698 >

この作品をシェア

pagetop