ワイルドで行こう
事務所に女房の琴子と二人きりになる。そこでやっと英児はデスクに手をついて、ほっと安堵の息を吐く。
「くっそー。あいつらに負けるところだったー」
「父ちゃんの車を乗りこなせなくちゃ、龍星轟の子供じゃない――だものね」
琴子もほっと嬉しそうな顔。英児も同じだった。
「ありがとうな、琴子。三人も頑張って育ててくれてさ。『車屋の子供』として」
「ううん。私がなにもしなくても、あの子達は、英児さんを見て育ってきたはずよ。龍星轟のお店のみんなの働く姿もね」
今でも控えめな妻に英児は返す。
「大人しそうなママが、ゼットをバリバリ走らせている姿もな」
「おかげさまで、時々『ママも元ヤン?』と聞かれます」
と、琴子が笑った。
そんな妻を、英児はまた周りも気にせず抱きしめてしまう。
「なんだよ、それ。いいとこのお嬢さんのまま母ちゃんになった女のどこが元ヤンに見えるっていうんだよ。ちくちょう」
「いいの、いいの。そこまで見てもらえる貴方の嫁になれました――というところかしら」
元ヤン走り屋パパの妻。元ヤンでもなんでもない『いいところのお嬢様風情』だった女房までもが、いつしか『奥さんも元ヤン?』と言われるようになるまでに。そこまで英児という夫と同じ気持ちで、車を愛して乗って走らせている奥さんになったという証拠。
「ほんと、お前は龍星轟の立派なオカミさんだよ」
耳元の黒髪を指でのけ、英児は耳裏の黒子を探してキスをする。それもずっと変わらない――。
そのお気に入りのわけを、彼女が知ったか知らないかは、英児も判らない。でもここをキスするのはもうお決まり。
「また。龍のロケットに乗りたい」
「よし。俺達もたまには行くか」
だいぶ手から離れた子供達。二人きりのドライブに出かけられるようになってきたこの頃。
「明日。漁村の朝の入り江がみたい。ずっと前に……見逃したままなの」
「わかった」
黒いスカイライン、銀色のフェアレディZ。それとも、赤い……? 明日の夜明け、どのロケットに乗ろう。
いまだって、いつだって。運転席と助手席は二人だけのもの。
思いついたら、一緒に飛んでいく。思い立ったら、一緒に飛んでいける。
ほのかなイチゴの匂いを伴って。
■ ワイルド*Berry 完 ■
※本編、続編。共に長らくのおつきあいありがとうございました^^
小話集『番外EX/ ファミリア』へ、続きます。