ワイルドで行こう
「あの、母と一緒にお夕食を作ってみたんだけど。よろしかったら如何ですか」
 ますます彼が固まる。
「いや、俺、そんなつもりは……」
「勿論です。私たちの勝手なんです。母が是非と。先日、助けて頂いただけではなく、とても素晴らしいものを見せてくださったので」
 きっと彼なら『俺にとっては普通のことをしただけで』とか言いそう。と、琴子は思う。
「いや、俺はただ、いつも通りの俺で……」
 ほら、言った。つい、琴子はクスクスと笑い出してしまう。そして母も、既にそれが彼らしいと見通しているのか笑っていた。
「こちらの勝手でしたから、唐突でごめんなさいね。お忙しいかも知れないから、良かったら持って帰るだけでも」
 母も無理強いはしなかった。ただ『一緒に夕食が出来ればいいな』という心積もりがあるだけ。それでもいつになく懸命に支度をしていた母だったが、そこまで彼に対してやり尽くしたから、もう気が済んだと言いたそうだった。既に清々しい母らしい落ち着いた顔をしていた。
 だけれど、琴子はここでもう一押し。
「母、ばら寿司をつくったの。穴子入りの」
 すると彼がちょっと言いにくそうにつぶやく。
「……俺、好物です。ばら寿司」
 ばら寿司は、このあたりでは『お袋の味』。その家庭それぞれわずかに違うが、地方的な特徴があり、ちらし寿司に『穴子が入っていること』は共通している。
「よかった。どうぞ、こちらへ」
 母もホッとした顔。杖をついて上機嫌で玄関を開ける。
 いつも迷い無い彼が、照れているのか困っているのかぎこちなく『おじゃまします』と口ごもっているのが、またちょっとおかしくなる琴子。
 そんな彼にそっと耳打ちする。
『ごめんなさいね。母、貴方にお礼がしたいってきかなかったの』
『そうだったんだ……』
 別にいいのに。と、言いたげな顔。でも嫌な顔をしなかったので安堵する。靴を脱ぐ彼の横顔が、ちょっとだけ嬉しそうに見えたのは、琴子がそう思いたいからなのだろうか。
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