ワイルドで行こう
「おかしいよな。車に乗せると黙るんだ。親父としては先輩のシノから聞いていたけどよ、『夜泣きで車に乗せるのもひとつの手』だって。『まさか』と思ったけど、うちは効果覿面だな」
「そうね。特に小鳥ったら。エンジン聞いただけで泣きやんじゃって」
「そんなとこ。面白いな、子供ってさ」
フロントミラーに映る英児の目。あの優しい目尻のしわを浮かべて、やっぱり嬉しそう。琴子も笑顔になってしまう。
「英児さん、いつもありがとう。こうして、一緒に夜泣きに付き合ってくれて」
本当に子供達に同じように手をかけて、この夫は一緒に子育てをしてくれる。
だが次にミラーに見えた彼の目が、笑みを消していたので琴子はドキリとする。あの、ガンとばすみたいな怖い顔。
「一人きりだった頃を思えば、なんでもねーよ。うるさくてもよ、思い通りになってくれなくてもよ、ぐっすり眠れなくてもよ」
孤独を抱えていた彼だからこそ。どんなに思い通りにならなくても『これが幸せ』。その生活を営んでいるだけのこと。そう言いたいらしい。
「気にすんなよ。俺、好きでやっているんだから」
「うん」
「だから。お前も少し眠っておけ」
……やっと解った。どうしてすぐ家に帰らずに、ドライブをしているのか。私を休ませるため?
車で寝付いたばかりの子供達は、暫くはぐっすり。パパが車を走らせている間は眠っている。『その間に寝ておけ』という彼の……。
「あ、ありがとう」
「どっか適当なところ停めて、俺も少し休む。外の空気を吸いたかったからちょうどいいや」
出会った頃から変わっていない気遣い。自分もそうしたかったから、自分がやりたかったから、だから助けただけ。だから気にするなって。
小さな子供ふたりの子育ては楽しいだけでも幸せなだけでもない。苛立ちもあるし、疲れてしまうこともある。それを解ってくれている。
涙が滲みそうだった。
「じゃあ……、お言葉に甘えて」
隣ですやすや眠っている聖児のシートにもたれかかり、琴子は目をつむる。
でも……。夫の気遣いが嬉しくて。泣きそうで。眠れそうにない。だけど、琴子が休む姿を確かめるまで、彼も真夜中のドライブをやめそうにない。だから、嘘でも寝たふりをする。
ディーゼルエンジン音を響かせる大型四輪駆動車は、初夏の雨の中、海辺を走っている。
不思議。雨の音って。車の中でもなんだか心地よい音。ウィンドウに流れる雨、タイヤが散らす水飛沫。
あ、もうすぐ。漁村……。
うっすらと暗闇に見える海、それがどんどん薄れていく。
やはり、琴子も眠ってしまったようだった。