ワイルドで行こう
――バタン。
そんなドアを閉める音で、琴子は目が覚める。
あんなに激しく降っていた雨が小降りになっているようで、窓の外の景色がはっきり見える。海辺。一目で漁村だとわかった。
しかもすっかり夜が明けている。
うそ。どれだけ眠っていたの? 英児さんは? 私が眠っている間、何をしていたの?
彼を探すと、運転席を降りた外で煙草を吸っていた。小振りの雨の中、それでも子供達のために外で。
琴子もそっと後部座席のドアを開け、外に出た。
「英児さん」
「おう。目覚めたか。ちょっとは眠れたか」
出会った頃から変わらない、目尻が優しく緩む笑顔。
「うん。眠らせてくれてありがとう。まさかもう朝になっているなんて……」
「俺も、うっかり寝込んじゃったんだよ。わりい。夜が明ける前に家に帰ろうと思っていたのに」
ほんとに? うっかり寝ちゃったの? それとも私が目覚めるまでそっとしておいてくれたんじゃないの?
琴子はそう思った。でも……黙っておく。どちらにせよ、問いただしたところで、英児は『だから俺も眠っていたんだ』と言い張るに決まっている。
そんな彼を、煙草を吸っている彼を琴子は見上げる。やっぱり目元が疲れているような……。
「英児さん。車屋の社長であることも忘れないで。お願い」
ちゃんと眠って。お客様の車に不備など出さないで。車屋こそ、貴方の生き甲斐。家族も大事。でも家族が出来る前に、貴方がここまでやってきたのは『車』でしょ。そう言いたい。
だけど案ずる琴子を見下ろした英児が、煙草を口の端にくわえたまま、腕を伸ばして琴子を抱き寄せてくる。
霧雨の中、彼が胸に強く抱きながら、やっぱり微笑んでくれている。
「あったりまえだろ。車屋でお前ら守っていくんだから」
「お願い。貴方もちゃんと眠って」
今度は琴子から抱きしめる。
雨雲が覆う海辺は、朝でも薄暗い。波の音もいつもより激しくて、不安をかき立てるような音。
「大丈夫だって。いつもはお前が俺に気遣って、寝室を出て行くだろ。眠りたい時は、俺がお前に甘えて眠っているよ」
さらに抱きしめてくれる長い腕。琴子の身体はすっかり彼の腕に囲われ、ぴったりと胸元にくっついている。
海の匂い、彼の寝汗の匂い。煙草の匂い。いつも変わらない男の匂い。そうして琴子も安心する。
彼の指先が黒髪を愛おしそうに撫でてくれるのも変わらない。そうして彼も、琴子の黒髪に頬ずりをしながら匂いを確かめているのが解る。
お互いの匂いを感じて、確かめ合って、安心したら……。目が合う。そして、目をつむれば、熱くて柔らかくて、甘いものが静かに重なる。いつだって。