ワイルドで行こう

 再び車に乗って、小雨の海辺、国道に英児の運転する車が出て行く。
「ママ、あめ」
 娘が外を見てそう言った。
「うん。雨だね。小鳥ちゃん」
 息子はぐっすり。娘は車に乗っているので、もうご機嫌だった。
 海沿いを走っている中、琴子はもうすぐさしかかるあるところを気にして、外に目を向ける。それは運転席にいる英児もおなじ。
 ――マスターのお店。もうすぐ。
 私達夫妻が披露宴をした喫茶レストラン。海辺にある白い木造の小さなお店。
 小雨の中、そこをさしかかると――。
「あ、いま、おっさんがいたな」
 通りすがり、店先をほうきで掃除しているエプロン姿の白髪の男性。琴子も見た。
 英児が車をUターンさせた。
 白いランドクルーザーが、朝早い海辺の店へ。
 店先にそのまま車を停めた英児が、運転席のウィンドウを開け身を乗り出す。
「おっさん。おはよう」
 マスターも一瞬びっくりした顔。でもすぐに笑顔を見せてくれる。
「また『夜泣きドライブ』?」
「そう。俺達もそこらですっかり寝入っちゃって」
「しようがないね。せっかくだから朝ご飯を食べていきなよ」
「うん、食ってく!」
「マスター。おはようございます」
「おはよう、琴子さん。夜泣き、大変だね」
「昨夜もダブルで。でも小鳥ったらやっぱりエンジンを聞いただけで泣きやんじゃったんですよ」
 マスターがそこで笑う。
 実はもうこのパターン、けっこうお馴染み。毎回ではないが、夜閉店前とか開店前などに出くわすと必ずマスターが『食べていきなよ』と言ってくれる。
 そして。琴子の隣でもう娘がジタバタしていた。
「いちご、にゅうにゅっ」
 『苺牛乳』と言っているのだが。
 そんな小鳥を見て、マスターがこのうえなくにっこり。
「おいで、小鳥ちゃん。じっちゃんが『いちごぎゅうにゅう』作ってあげるよ」
 娘のお気に入りのメニュー。白髪のエプロンのおじいちゃんが目印。マスターの顔を見たら『いちごにゅうにゅ』が飲めると知っているから。
 じゃあ、朝飯を食っていくか。
 パパの声で白い車から降り、一家は、お馴染みの店に向かう。
 マスターが小鳥をだっこして、嬉しそうに店の中に連れて行くのもお馴染み。
 思うように眠れなかった夜、思わぬ夜明け。小雨の朝。でもそこに『孤独』なんてものはない、そんな柔らかな朝。

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