ワイルドで行こう


 騒がしい子供達を入浴させ、やっと寝かしつけ終了。家の中が静かになる。
 風呂もパパの担当で、ふたりを一気に入れてママが着替えさせ、ママが寝かしつけ。そのあとやっと琴子がゆっくり入浴する。
 それをいま、英児は『準備をして』リビングで待っている。
 そろそろだろうか。テーブルの上にはグラスがふたつ。そして煙草をくわえている英児の手にはシャンパンボトル。この日のために、外回りの時にこっそり探して買っておいたものだった。
「やっと一息ね」
 琴子が風呂から出てくる。ハウスウェアのワンピース姿。風呂上がりなので、肩も丸出しにして濡れ髪でキッチンにやってくる。
 その時、初めて。彼女は夫の英児がキッチンでシャンパンボトル片手に待っていることに気がついてくれる。
「お疲れ」
 口の端に煙草をくわえたまま、英児は用意していたグラスにボトルを傾ける。しゅわしゅわとグラスに注がれる淡いベールのようなシャンパン。
 口元の煙草を指に挟み、英児は煙を吐くと、グラスを彼女に差し向けた。
「まったくよう。お前ってほんと頑張りすぎなんだよ。あんなに俺達のためみたいなご馳走を作りやがって」
 普段はないものがそこに用意されていることを知った琴子が、嬉しそうに目を輝かせ傍にやってくる。
「どうしたのこれ」
 英児が向けているグラスを彼女が手に取ってくれる。
 シャンパンの泡のベールの向こうに、変わらぬ彼女の愛らしい目。

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