ワイルドで行こう
デスクで顧客データーを整理していた英児は、その続きを眺めながら、そばに来た妻に問う。
「どうした。なにかあったのか。小鳥と聖児の保育園のことか」
共働きなので、日中は小さなふたりは預けている。そこでなにかあったのか。とくに『小鳥』。こいつが気が強くて、たまに男の子と盛大なことをするらしく――。
だがそこで立ちつくしている妻が、ふっと俯いたまま。どこか気恥ずかしそうに黙っている。
ふと気がつけば。同じく事務仕事をしていた武智と、事務仕事などやりもしないで暇そうにしている矢野じいが聞き耳を立てているのに気がついた。
「……わかった。そっちで聞く」
手を離したくなかったデスクから立ち上がり、琴子の肩を抱いて、事務所から自宅へ向かう裏通路へ移った。
「どうした。小鳥がまたやんちゃしたのか」
ううん、と、琴子が首を振る。
「……えっと、十二週過ぎていて、びっくりしちゃって」
十ニ週……?
「小鳥ちゃんとかセイちゃんの時みたいなつわりを、あんまり感じなくて。でも生理がなくって、もしかしてと思って今日、産婦人科に行ってきたら」
「え!」
やっと判って、英児はびっくり飛びのいた。
「って、それってよお。まさか『ロケットの乗員、もうひとり増えます』ってやつか」
小鳥の時も聖児の時も、琴子はそう言って報せてくれた。
「はい。お父さん、ロケットにもうひとり増えますので、よろしくお願いします」
相変わらずの丁寧なお辞儀。もう間違いないようで、英児はしばし呆然。
さ、三人目が出来た……!
琴子もちょっとびっくりしたようで、恥ずかしそうに俯いている。
「もしかして。私の誕生日の……」
覚えがある夜が幾夜かあるが。英児もこの時期から逆算して思い至ったのが『ママの誕生日』。
「ある意味、ママと一緒に誕生ってことか?」
「……かも」
「それ、良いと思う。うん、お前に似てくれ」
琴子が何故という顔をする。だが英児の心の中、やんちゃな娘が忙しく走り回っている。あいつ絶対に俺に似た。顔つきも俺にそっくりだし……。
「おーい、英児」
事務所へ入るドアがそっと開いた。そこには矢野じいの目がちらっと見える。なにか心配そうな顔。
「小鳥がなにかやったのかあ?」
小鳥の『お転婆をとおりこした、やんちゃ』は、矢野じいもよく知ってくれている。琴子が心配そうに帰ってくると、たいていは『小鳥ちゃんが保育園で――』だった。