ワイルドで行こう
そして英児も――。困ったな、である。 困るのは、今日は『琴子がいない』からである。いまだって、この偏屈親父と末っ子悪ガキの英児が向き合うと激しい言い合いになることもある。そんな時、間にやんわり入ってくれるのが琴子。英児は勿論、父も琴子が間にはいると、大人げないことは双方反省して抑えられるようになる。
それが今日……。こんな琴子がいない、やんちゃな姉弟を英児ひとりで面倒を見ている時に……。
だが。小さな孫が次々と生まれてから、年老いている父親がこうして時々訪ねてくるようになった。
最初の頃は、義姉の慌てた連絡が携帯電話にあった。『お義父さんが出かけたきり全然帰ってこないのよ、畑に行くって言っていたのに遅いの。もしかして、そっちに行っていない?』と。そんな時はだいたい、もう英児の自宅に父親がいたりする。
それを繰り返しているうちに義姉も『うちの子達も大きくなって、もう祖父ちゃんとはずっと同居家族だから空気みたいでしょ。会話も減ったしね。祖父ちゃんも小さくなった畑とハウス栽培をこぢんまりしているだけで』。
その昔、英児の実家は兼業農家だった。しかしそれも父の代でお終い。兄達はしっかり大学へ行き、サラリーマンになり、やがて父親が歳を取り身体がいうことをきかなくなってきたのを機に、管理しきれない畑の土地を売ったり、駐車場やアパートに建て替え不動産として運用するようになってしまった。
いまは、父親が『これだけは』と残した畑で季節には麦を作り、ハウス栽培で家庭菜園みたいな季節の野菜を世話しているだけという。
『でもね。英ちゃんの家にまだ小さい子がいるでしょ。たまに出かけて、我が家とは違う環境の家庭を眺めて、孫を見て、英ちゃんの顔を見て、琴子さんに大事にしてもらって。そうしてちょっとした団欒に触れて、散歩気分で出かけるようになってから……』
その後、長兄嫁の義姉ちゃんが思わぬ事を言った。
『素直なのよ。なんていうか、怒りんぼで偏屈じゃなくなってきたというか。勿論、いまだってそうだけど。前ほどじゃないよー』
あの親父が、俺の家に来て素直になっている? まさか――と英児は笑い飛ばしたのだが。
それでも義姉はさらに言う。
『だからお願い。英ちゃん。お義父さんと喧嘩してもいいからさ、遊びに行った時はいらっしゃいって迎えてあげて』
なんて、ことになっているこの頃。
そして今日も――。
『じいちゃん、いらっしゃい』と嬉しそうにまとわりついてくる孫を見て、目尻を下げて嬉しそうな顔。
それを見てしまうと、英児は楽しそうな子供達のためにも、そして……まだ軽トラを運転して外の空気を吸う気力を養っている父親のためにも『まあ、これでもいいか』と迎え入れる。