ワイルドで行こう
「だから。滝田さんじゃない男性は絶対にあげないし、夕飯なんか作らないわよ。それにこんな小箱みたいな家、この一軒家だけで財産なんてありませんよ」
「家土地あったら充分ですよ」
 まだ言う彼に、今度の母は急に真顔に。あんなにケラケラ笑っていたおおらかさを消し去った母を見て、彼も急に目下の青年としての構えた顔になった。
「頼りないオババになったと思うわよ。でも……一応、琴子をここまで育てた経歴もあるのよね。それなりに人を見る目もあると思うの。滝田さんは、そんな男性じゃない」
 ねえ、琴子。同意を振られて、一瞬躊躇ったが。
「うん。私もそう思う」
 ついに彼が黙った。そしてまた……仏壇の父の遺影を見つめる彼。やがて、彼は再度手を合わせ合掌してくれた。
「お父さん、今夜はお母さんのお料理、ご馳走になりますね」
 それだけで充分。琴子より、母が泣きそうな顔になっていた。
「はあ~、そうだわ。滝田さんにもらったお蕎麦、早速茹でて、お父さんにお供えしよう」
 そんな顔を誤魔化すためか、母が足を引きずりながらキッチンへ。
「そしてお父さんに毒味してもらう。気を許してあげちゃった男の人が、美味しいお蕎麦をお土産に毒を盛っていないかって」
 母の口悪い急な冗談に、彼が心外と言いたそうな顔に。
「ど、毒なんて盛っていませんよっ」
 またムキになった。琴子も笑ってしまう。
 『わかっています、わかっています』と、母の悪戯っぽい笑い声も響き渡る。
 母、本当に調子が戻ったなあ――と、琴子は密かに『しんみり』。
「母、すごく元気になったのよ。もう少しお付き合いして」
「あれが本来のお母さんなんだ」
 彼ももう笑っていた。
「楽しいお母さんだな」
 彼の向こう、父の遺影に線香の煙がたなびいている夕。
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