ワイルドで行こう
開けっ放しにしている厨房勝手口から見える海が凪いで、夕日に染まる頃。
「流石に県境まで半日で行って帰ってくるのは無茶だろ。あの無鉄砲男め」
息子達につられて不慣れな手つきでフライを揚げている矢野さんが、夕なずむ海を見て溜め息。頬に小麦粉をつけた顔をしかめた。
「でも高速を使えるとろこは飛ばして帰ってくると思うんですよね」
夕の色が鮮やかになると、あっという間に薄闇が訪れるので、琴子も少し心配になってくる。
そろそろ夕食の食卓も整ってきたし、子供達もめいっぱい遊んだ後で、退屈そうに店の窓に貼りついて関係のない車が通りすぎる国道を眺めている。
「今日のメンバーの車が高速を走っていたら、すごい目立ちそうだね」
マスターが笑う。そして琴子の母も。
「本当に好きな男性は、いくつになって好きなんだね」
いくつになっても若い青年のまま飛び出していく『走り屋野郎共』。
「かもしれないですよね。近頃は若い常連さんの参加も多くなってきて。従業員の桧垣君も、愛車でお父さんの後をついて行くみたいだし」
『桧垣君』――と口にした途端、弟たちと窓辺に貼り付いていた小鳥がふっと振り返った。ママと目が合うとすぐに逸らしてしまう。
だが琴子はそんな娘を見て、ここのところ母親としてぼんやり予想していたことが確信に変わりそうになっていた。
桧垣君とは、龍星轟の従業員募集で彼自ら面談にやってきた青年だった。四大卒の、しかもまったく無関係の学部を専攻していた彼が来た時は、英児自身がびっくりしていた。だけれど『車が好きで諦めきれませんでした。子供の頃から龍星轟のステッカーに憧れていました』という情熱にやられたのは、英児自身。
それまでにも若い男の子を何度か雇ったけれど長続きせず。英児が厳しいのか、矢野専務が厳しいのかはわからないけれど、琴子の年代でも『普通のこと』と思っていることが、どうも若い子には通じないジレンマがあったらしい。
だけれど、この桧垣君だけは、それまでの青少年達とは雰囲気が違う。きちんとしたお坊ちゃんと言えばいいのだろうか。
そんな彼の名を聞いただけで気にする娘……。
ついにさざ波が黄金色に輝き始める。『遅いね』と母と共にぼやいていた時だった。
ブウーンと遠くから他の車の走行音もかき消すような極太なエンジン音?
窓辺の子供達がぴくっと揃って顔を見合わせる。