ワイルドで行こう
 母の料理を『美味い、美味い』と彼は次から次へと平らげてくれた。
 夏の遅い夕空も翳りはじめ、ひんやりとした風が開けている窓から入ってきて、少しばかり賑やかになった大内家の団らんを包み込む。
「やっぱり。お母さん、峠向こうの町の出身だて仰っていたから。もしかしたらばら寿司の穴子は白焼きかなと思って期待したらその通り」
「よくご存じね。そうなのよね。この市街のばら寿司だと同じ穴子でも、良くある甘辛く蒲焼きにした穴子をいれるのよね」
 母の実家では甘辛い味付けではなく、軽く塩で焼いた『白焼き』の穴子を入れる。琴子にとってもこれが母の味だった。
「うちは代々ずっとこの市街なんで、やっぱり甘辛の穴子をお袋が入れていたんですよ。でも、この白焼きのばら寿司を作ってくれる知り合いのお母さんのを一度食べたら『これも美味いなあ』と思って。でも白焼きを入れる家って少ないんですよね」
「滝田さんは、いろいろな土地のこと本当によく知っていそうね。知り合いが多いのかしら」
「まあ、元ヤンキーですから。つるむ仲間は昔から多かったですよ。だから知人の母ちゃんとも顔見知り多かったりします」
 開き直って彼が笑う。母も『元ヤンキー』という発言に少しだけ戸惑ったようだが、直ぐにいつものように笑い飛ばしている。
「あ、この太刀魚の天ぷら。美味いな」
 少しだけ胡椒をふって琴子が揚げた物だった。
「琴子が作ったんですよ」
 自分から言えないでいると、すかさず母が。
「美味い、これ。いいな。お母さんも娘さんも料理上手なんですよね。お父さんが羨ましい」
 母と顔を見合わせ、『社交辞令』とわかっていてもちょっと照れて微笑んでしまう。だって……彼が言うと『社交辞令』には聞こえないから不思議だった。
 なんでも美味しそうに食べてくれるので、母も笑顔が絶えない。それにあっという間に彼は平らげてくれた。
 最後の締めに、彼が持ってきてくれた田舎蕎麦を盛りにして食べる。
「ご馳走様でした」
 本当に綺麗に食べてくれて、気持がよい。それにこんなに笑顔で食べきってくれるだなんて、作った者としてはこれ以上の喜びはない。
「お茶を入れるわね」
 食事が終わり、彼が開いている庭の窓へと歩き出す。
 風に揺れるカーテンの側に佇み、夜を迎えた庭を眺めている。琴子もそこへ。
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