ワイルドで行こう


「おう、小鳥。母ちゃんならここにいるぞ」
 そういって娘とすれ違い、男の顔で英児は野郎共の賑わいに戻っていった。
 琴子もそっと気持ちを切り替え、母親の顔で厨房に戻る。
「なに。小鳥ちゃん」
「あのね……」
 娘の不審そうな眼差し。彼女はもう年頃の女の子、しかも男の子よりずっと敏感な。だから今度は琴子が目を逸らしたくなる。
「お祖母ちゃんとマスターじいちゃんが、熱い日本茶が飲みたいて。じいちゃんが動きそうになったから、お母さんにお願いしてくるから座って待っていてもらったの」
 十二歳なのに。自分を可愛がってくれた年老いた者を労る心に、我が子ながら感心してしまう。
「わかった。有り難う、小鳥ちゃん」
「手伝うね。もうお腹いっぱいだし、おじちゃんたち、車の話じゃなくて仕事の話になっちゃって難しくてわからなくなっちゃったし」
 ああ、そこはまだ子供なんだな――とも思ったりもする。
 それでも娘は父親似だけあって、ジッとしているのが嫌な性分。てきぱきと母親の隣に湯飲みを並べてくれる。
 そんな時、娘に言われる。
「お母さん。また父ちゃんがぎゅって抱きついていたでしょ。こっそり二人きりの時ってすっごく怪しんだもん」
 ああ、やっぱり娘はもう誤魔化せなくなってきたな――と琴子は苦笑い。
 でも娘は平然とした横顔で続ける。
「別にいいけどね。うちらが小さい時から、父ちゃんったら本当にお母さん大好きで、なにかっていうとぎゅって抱きついたりしていたもん。でもほんっとにどこでもするんだもん」
「えーっと、そうなんだけれど。ほら、お父さんは言葉より動いちゃう人だから」
 なるべく子供達には、肌をまさぐるような瞬間は見られないよう英児自身も気遣っていたはず。それでも小鳥はもう誤魔化せないようで、『パパはすぐにママにちゅっちゅするし、ぎゅって抱きつくし』と分かり切っているようだった。
 先ほども、訳もなく暗い外に二人きりでいた――。それだけで娘は、また父ちゃんがこっそりお母さんに抱きついて熱くなっていたと察してしまったよう。
 だけれど。そんな大人びてきた娘を見て、今夜は琴子も腹をくくる。
「じゃあね。小鳥にはこっそり教えてあげるね。女の子同士のヒミツよ」
 『ヒミツ?』 娘が首をかしげる。琴子はそっと小鳥の耳元に囁いた。


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