ワイルドで行こう
琴子母も『お仕事に戻るわね』と、校舎の階段を下りて去っていく。
その時、竜太がぼうっと琴子母を目で追い言った。
「お前の母ちゃん、すっげえーいい匂い。本物の大人の女ーってかんじ」
それを聞いて、小鳥はびっくりする。
「と、父ちゃんと同じこといわないでよっ」
「は。なんだよ、それ」
ドキドキした。男が女の匂いを知って『いい匂い』というの……。もうこいつも備えているのかと。
小鳥にとって『女の匂い』というのは、けっこうセクシャルな感覚になる。
それもあの親父のせいに違いない!
――琴子、お前ってほんといい匂いだなあ。
あの元ヤン親父が、お洒落をしたママを見ては毎朝デレデレして背中を追いかけ回している姿を思い出してしまう。
弟たちと一緒に『あれ、自覚していないよね』とか『もう諦めた』とか『ガキの時から見慣れた』と言い合って呆れているほど。
――パパ、子供達が見ているからやめて。
ママがちょっと怒ると、またそれが『可愛い』とか言って……。
そんな親父を思い浮かべると、なんだかちょっと腹立たしくなったり。走り屋達の憧れである『龍星轟の社長たるもの』もっとシャンとせんかいっと言いたい。
けど、今日の小鳥はホッと胸をなで下ろしている。
あー、良かった。あのヤンパパ。今日は年に数回の東京出張中なんだよねー。
ママがどう報告するかわからないけれど。ひとまず、今日はもうこれで平穏なまま終われそうだと――。
その出張に、今は滝田社長の補佐と言っても良いほどになった『翔』も一緒についていった。
――小鳥に土産を買ってくるからな。待ってろよ。
子供の時から従業員として側にいる大人のお兄さん。小鳥の憧れ。
そのお兄さんが、小鳥にお土産を。なんだろう、なにを選んでくれるんだろう。
ドキドキしながら待っている。
まあ、それなら。ヤン親父のくどい説教も我慢して聞けばいいかななんて思っていた。