ワイルドで行こう
.リトルバード・アクセス《2b》
「やっとわかったか。バカヤロウ。あちらのお嬢さん、三歳からずっとピアノをしてきたそうじゃねえか。今回は『大事にならなかっただけ』じゃねーよ、もしかしたら、大好きなピアノが出来なくなる手に『なったかもしれない』じゃなくてよ、『なるところだった』んだよ。何事もなかったから、向こうのお母ちゃんも穏便に済ませてくれただけで、『なっていたら』こんなもんじゃ済むはずないだろ。オメエ、もし彼女に決定的な傷を負わせていたら、一生、オメエが背負って生きていくことになったんだぞ。それでテメエは好きな車を楽しい気持ちで乗り回せるのかってことだ。手だけじゃねえよ、顔とか身体に一生残る傷でもついたらどーするんだよ。嫁入り前だぞ。俺だったら発狂するわ」
――俺の娘がそうなったら、発狂する。
そこに父の大きな愛があることを、そして、同じようにピアノの彼女の親御さんもそれだけ本当は心配して発狂したかったんだと染みいってくる。
親父さんが、あちらのお嬢さんを『大事な可愛いお嬢さん』という言い方をしたのは、かえせば、自分の娘もそう思っているという、そういう言い方だったんだと気がついた。
「……わかった。五月まで免許取得は待つ」
納得したからそう返事をしたのに、周りにいる先生達が一斉に息を呑んだのが伝わってきた。
「お、お父さん。もういいでしょう。小鳥さん自身がここまで反省をして、なにがいけなかったのか、お父さんが伝えたい真意もここまで理解できたんですから」
日本史の勝浦先生が『考え直してください』と父に訴えてくれるが、父は首を振る。
「学校でお騒がせしておいて申し訳ないのですが、これが『俺のやり方』なんです。娘の気持ちを大切にしてくださる先生のお気持ちは父親としても嬉しいです。有り難うございます」
娘には元ヤン親父風情バリバリに追及しても、先生達には毅然とした父親の落ち着きを見せるので、ついに先生も口をつぐんでしまった。
「小鳥。父ちゃん、その子に父ちゃんから謝りたいんだよ。俺にもケジメつけさせろや。そうじゃなきゃ、車の整備なんて出来ねえんだよ。もやもやしたまんま、客の大事な車なんて触れねえ」
小鳥も頷き、涙を拭いた。
「わかった。彼女のクラスまで一緒に行く」
「頼むわ」
父娘が一体になったのを見た教頭先生がホウと大きな息を吐き、構えていた肩をすっと落とした。
「では。私もご案内しますので」
教頭先生自ら、父の先を笑顔で歩き始める。
日本史の先生と、間に入ってくれた先生達に親父さんが一礼すると、こちらの先生達はまだまだ戸惑いを滲ませたまま送り出してくれた。