ワイルドで行こう
そして……小鳥は見てしまう。
そんな親父さんがあんな怖い顔をしていたのに、ちょっと哀しそうに口を曲げた顔を。
――『お父さんはね、病気だったお祖母ちゃんになにもしてやれなかったと今でも悔いているのよ』。
会えなかった父方のお祖母ちゃんと親父さんのことを、琴子母がそう教えてくれた。だから親父さんは鈴子お祖母ちゃんをとても大事にして、同居するために二世帯住宅へと増築したぐらい。
――『お祖母ちゃんはいつもお父さんのことを心配してくれていたそうよ。だから、お父さんはお母さんを心配させたこと、とっても申し訳なかったと今でも思っているの』。
竜太が母子家庭だということも既に知っていて、だからそんな顔になっちゃって『母ちゃんを大事にしろよ』と言っているんだなと小鳥もわかった。
小鳥のケジメを、クラスメイトが気の毒そうに思っている顔が並んでいるのをみちゃうと、また涙が出そうになったが小鳥は堪えた。
「いくぞ、小鳥」
ジャケットの裾と青いネクタイを翻す父が教頭先生の後ろを颯爽と歩き出す。
小鳥も父の背を追う。同級生達はもう、ついてこなかった。
―◆・◆・◆・◆・◆―
でも。なんとなく、小鳥もわかっていた。
学校に、突然、知らない親父が教室までスーツ姿で謝罪に来ても、戸惑いしかないだろうって。
ピアノの彼女は二年生。教室の廊下で眼鏡の彼女に向かって深々と頭を下げる『どこかの親父』を、今度は二年生達が廊下に出てきて眺めている。
そして彼女も唖然としていた。
「うちの娘が、本当に申し訳ありませんでした」
「あの……」
「野田さん、ごめんなさい。もう一度、しっかり謝らせて。ピアノが出来なくなるところだったよね。本当にごめんなさい」
父と一緒に並んで頭を下げた。
「えっと……」
眼鏡の彼女がすごく困っている。
さらに教頭先生が密かに苦笑いをしているのも小鳥の目の端に見えた。
たぶん『大袈裟な親父さんだな』と思っているんだろうなと。小鳥だって本当のところは『恥ずかしい』……はずなのだけれど、親父さんの気持ちがわかりすぎてしまいそんな気になれなかった。