ワイルドで行こう
「昨日……。大変だったみたいだな」
従業員にさえ隠しきれない、社長のロケット出撃。
翔兄も一緒に帰って来たのに、帰るなりスーツ姿ですっとんでいった親父さんを見て、何事かと思いつつも事情を知ってしまったのだろう。
「専務から聞いた。昨日のことで、親父さんからのペナルティが免許取得延期――だって?」
小鳥はこっくり頷く。
「いいの。私、父ちゃんがいいたいこと良くわかったから」
「そうか。それでいいんだな」
そこで二人の言葉が止まってしまう……。
この人の前だと、せっかく自分で納得したはずのことでも、やっぱり辛いから素直に泣きたくなってしまう。
でも小鳥より背が高いお兄さんをちょっと見上げると、優しい眼差しで見守るように見つめてくれている。
「小鳥はやんちゃだけど、いつだって自分だけでは終わらなかっただろ。だから今までちょっとやらかしても丸く収まってきた。今回だって、小鳥がそうして自分のケジメはつけたから、きっと笑い話で終わるだろう」
その大きな手がそっと黒髪を撫でてくれる。それだけで……。小鳥は、抑えていたものが溢れ出しそにうなる。
目尻にちょっぴり滲んでしまった涙――。それを見られまいと小鳥は翔から背を向けた。
「小鳥、だからって。我慢しすぎも良くないからな」
背中から聞こえたその声にも、小鳥は崩れてしまいそうになる。
長女で親父さんに似ていて、いつも親父さんのようにまっすぐ実直であろうと頑張りすぎてしまう小鳥のこと……翔兄ちゃんはよく知ってくれている。
「なにも社長のように格好良くあろうとしなくていいんだからな。……その、本当に我慢できなかったら、ちゃんとオカミさんには甘えて良いと思うんだ」
「……うん、わかってる」
だけどそこも小鳥は頑張ってしまう。ママが小鳥の立場になって助けてくれようとするから、だから……。そして小鳥が甘えたいのは、ママじゃない。今はもう、ママじゃない……。
でもまだお兄ちゃんにはまっすぐに甘えられない。だって、お兄ちゃんは。
「小鳥。今日、帰ってきたらいいことがあるから、早く帰って来いよ。待っているから。じゃあな、元気に行ってこい」
翔兄に向けている背中をポンと押される。
いいことってなに? 待っているから早く帰ってこいってなに? 振り返ると、翔兄はもう龍星轟へと走り去ってしまった。
龍星轟キャップのつばを目元まできゅっと引き下げ、従業員の横顔を見せて――。