ワイルドで行こう



 
 今日、帰ってきたらいいことがあるからな。
 

 ひとりで帰宅途中、バスの中。上空を横切っていく東京行きのジャンボ機を眺めながら、小鳥は今朝のことを思い出していた。

「なんだろ。このお土産だけで、いいことだったのに。まだなにかあるのかな」

 このワンピース、どうしよう。着こなせるかな。お母さんに見てもらおうかな。弟たちにからかわれそう。似合わないって。父ちゃんも『高校生のくせに、まだそんな格好せんでええわ』とか言いそう。

 大学生になったら着ようかな?

 嬉しいのに、どうして良いかわからない、大人のお土産にひとりで戸惑っている帰り道。

 心はくすぐったくて、でも、ちょっと困っていて。だけどドキドキ。これを着て、お兄ちゃんのMR2の助手席に乗って、ドライブに連れて行ってもらいたいな。そんなささやかな願望を抱いて。

 それでも、いいことってなんだろう?

 いつものバス停で降り、少し先にある龍と星が壁面に描かれている店先へ向かって歩く。

「ただいまー」
「おかえり、小鳥」
「おかえりなさい、嬢ちゃん」
「おかえりなさい! 小鳥ちゃん」

 様々な男達の声が小鳥に届く。
 いつもの龍星轟。子供の時より、従業員が増えた。

 もう超ベテランの清家おじさんと兵藤おじさんは健在。矢野じいが引退してから引き抜かれてきた中堅のおじさん二人と、すっかり馴染んだ翔兄。そして近頃入ってきた若い男の子二人。

 そのスタッフ一同が、今日も龍星轟のガレージと店先で、龍星轟ワッペンのジャケット姿で整備に勤しんでいる。

 だけど、今日は事務所の正面に、真っ青なMR2が駐車してある。翔兄の車だった。




< 484 / 698 >

この作品をシェア

pagetop