ワイルドで行こう



 いつもピカピカだけれど、磨いたばかりなのかもっと光り輝いてそこに置かれている。

 従業員の車が営業中に堂々と店舗敷地に停めてあるのは珍しいことだった。

 事務所の社長デスクには、親父さんの姿。今日もパソコンモニターを眺めて、あれこれ考えている眉間にしわを寄せている顔。その親父さんと目があった。

 その途端、親父さんがデスクから立ち上がり、事務所のドアを開けて出てきた。

「おう、小鳥。おかえり。ちょっとこっちに来いや」

 またまたそんな強面で真剣な顔つきで呼ばれると、小鳥はまた硬直する。

 なになに。今日はお騒がせなんてしてないよー?

 しかも仕事中の事務室に呼ばれるのも珍しい。

 事務室には武智専務と矢野じいがいた。そして翔兄も。

「おう、小鳥! 帰ったか! 聞いてくれよ、聞いてくれよ。小鳥、お前、良かったなー、良かったなー」

 入るなり矢野じいが小鳥に飛びついてきた。

「な、なに。矢野じい」
「あのな、あのな。お前さ、前からさあ」

 すっかり気の良いお爺ちゃんになっちゃった矢野じいが、これまたすぐに何かを喋ろうとしているからなのか、親父さんがそこで割って入ってきた。

「おい、クソジジイ! なんでもかんでもジジイが報告すんな! ここはジジイじゃなくて、翔だろが」

 親父さんの低い声が事務室に響くと、今でも翔兄も武ちゃんもびくっとした顔になる。

 だけれど、矢野じいを止めるのはこれぐらいの気迫がないと親父さんでも敵わない時がいまでもあるから、こうなってしまう。

 その効き目があったようで、矢野じいもハッとした顔になる。

「そうだった。わるい、わるい。じいちゃん、ちょっと嬉しくなっちまってよお。よっしゃ、善は急げ。翔、言ってやれ!」

 矢野じいの調子の良い『行け!』の手合図に、翔兄がちょっと苦笑い。だけど直ぐに小鳥を見てくれる。朝と同じ、それまで従業員として涼やかに保っていたクールな目元が優しく緩む。

「俺、車を乗り換えることにしたんだ。あのMR2、小鳥が継いでくれたらいいなと思って。滝田社長に引き取ってもらうことにしたんだ。つまり――」

 そこまで聞いただけで、もう小鳥の心はこのうえなく震えていた。

「つまり。あのMR2は、小鳥の車になるってことなんだ。いつか俺が乗らなくなったら、私が乗りたいって言っていただろう」
「あの車が、翔兄ちゃんの車が。私の車になるの?」
「そうだ。大事に乗ってくれよ」

 ほんとうだ、本当にいいことがあった!



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