ワイルドで行こう
言葉にならないほど茫然としている小鳥のこの上ない喜び。それを矢野じいも武ちゃんも、そして親父さんも。今日はおなじように笑顔で感じ取ってくれている。
その親父さんがさらに付け加えた。
「お前が成人するまでは俺の名義な。けどよ、今日からお前に任せるわ。業務の妨げにならない程度に、矢野じいと翔から手入れに整備を叩き込んでもらえ。もうお前の車だ」
「ほんと、父ちゃん――。ほんとにいいの」
「ハチロクは譲れねえけどよ。それ以外にお前が乗りたいと望んでいた車だろ。お前は車屋の娘だ。龍星轟のステッカーを背負って走ることもわすれんなよ」
だから、どの車よりもマジピカにしてばっちり手入れしておけ。親父さんからの本気のお達しに、小鳥はやっと笑顔になる!
「ありがとう! お父さん!」
昨日は、夢の免許取得の延期を言い渡した親父さんが、今日は小鳥にパパの微笑みを見せてくれる。
「礼は俺じゃねえだろ。翔に言えよ」
勿論と、小鳥は翔に深々と頭を下げる。
「翔兄ちゃん、ありがとう! 私、大事に手入れして、大事に走るからね!」
「俺も小鳥なら安心して、次に乗り換えられるよ」
そして翔兄はそこでちょっと寂しそうにMR2を見た。
「この龍星轟に来てから乗った車だから、思い入れが強いんですけどね……」
「そうだろ。一度乗った車はやっぱ手放せねえな」
親父さんもそんな翔の気持ちに同調しているように、どこか切なそうにMR2を見た。
「ありがとうな、翔。大事に乗っていたもん、うちの娘の為に」
「いいえ。そろそろ乗り換えようとしていたことは、社長もご存じでしたでしょう。ちょうど状態が良いスープラが見つかったので、この機を逃さないでおこうと思います。俺は社長みたいにまだ二台、三台と所有する甲斐性ないですから」
「次はスープラか。アイツ、けっこう重量型だからよ、コーナリングが鈍くなる。正直、峠向きじゃないぞ」
「重いスカイラインで峠を走ってきた社長がそれをいうんですか。いいんです。俺の場合は高速の直線が好きなんで。来月にはそのスープラが来るので、それまでにMR2引き渡しの準備をお願いします」
「おう、それまでしっかりアイツと走っておきな」
「はい」
車好きな男達の愛ある会話。小鳥は幼い時からそんな男達の姿を見て育ってきたから、その気持ち、とても伝わってくる。
「翔、小鳥を乗せて走ってきたらどうだい」
そう提案してきたのは武ちゃん。いつもどおり眼鏡のにこにこ笑顔で、とんでもないことを言い出すから小鳥もびっくりする。