ワイルドで行こう



「ついにコイツと別れる時が来たか」

 ステアリングを握る大きな手、指先が親父さんと一緒で汚れている。そして来た時より逞しく太くなった腕がギアをローからハイに切り替え、長い足がクラッチとアクセルを巧みに踏み込む。

 空港海沿いの国道をぐんっとMR2がエンジン音をあげて、軽やかなのびで風のように走り抜けていく――。

「スカイラインGTRより軽快なかんじがする」
「あはは。親父さんのR32GTRは剛力な装甲車だもんな。大きめの車体を馬力で動かすタイプ。マツダのRX-7の軽さとは対極。あれはあれですっごい憧れ」

 運転席で爽やかに八重歯の笑みを見せる大人のお兄さんを眺めているうちに、小鳥は気がついてしまう。

「お兄ちゃん。本当は、まだ乗り換える気なんてなかったんじゃないの。私が免許をすぐに取れなくなっちゃったから、その替わりになるように、もしかして……」

 小鳥の問いに、彼の笑みが少しだけ消え、神妙な横顔になる。

「いや。小鳥が大学生になったら譲ろうと思っていたんだ。その為に次の車を探していたところだし」
「これでよかったのかな。本当はまだMR2に乗っていたかったんじゃないの」
「車屋として、他に乗りたい車だっていっぱいある。愛着あって離れたくないのは小鳥だって親父さんや整備部長達を見て知っているだろ。親父さんのように何台も所有できるのは希なんだから」
「そうだけど」
「もうスープラを買い取る契約は進めているから、この車は小鳥の車。わかったな」
「はい」
「だから。免許取得延期でも、大学受験とか整備とか頑張ってくださいよ」

 ちょっとふざけたお兄ちゃん的な言い方に、小鳥ももう笑っていた。

「うん。大丈夫。来年、この車に笑って乗れるように頑張る」





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