ワイルドで行こう
「こんにちは。雅彦おじさん」
ドアから顔だけ覗かせると、デスクのスケッチブックに向き合っていたおじさんが振り返る。
スレンダーなピンクのストライプシャツと真っ白なデニムパンツ姿。年齢の割にはおじさんはとてもお洒落。白髪混じりになった髪は少し長めに伸ばしていて、今日のおじさんは後ろでひとつにヘアゴムで束ねていた。
「なんだ、小鳥か」
「お久しぶりです。お邪魔しても、いいですか」
少し考え込むようにして顎をさすり首を傾けていたおじさんが、ため息をつきながら鉛筆を置いて『いいよ』と言ってくれた。
どこか疲れた顔――。だから小鳥もはしゃがないで静かに入った。
薄暗い部屋。いつもそう。だけど小鳥は知っている。集中する時のおじさんの部屋はこんな感じになる。燦々とした光が特に鬱陶しくなるんだとか。光を抑えたところで瞑想するような雰囲気が大事なのだろうかと、小鳥は思っている。
「もうこんな時間なのか!」
椅子から立ち上がり、掛け時計を見たおじさんが、まるで現世に帰ってきたかのような驚き顔で言った。
「じゃあ。学校が終わってきたってことか……」
「うん。学校が終わったから、来たんだけど」
じゃないと来られないのに。それに一目見たら制服姿、学校帰りだとわかるだろうに。非常に当たり前なことが、時におじさんにとっては非常に無意味であるように返されることがある。
高校生の小鳥が学校が終わったから訪ねてきた、だからもう夕方近い時間帯。そうじゃない。おじさんにとっては小鳥が何時に訪ねてこようが、何を着て訪ねてきたかなどは関係なく、つまり『見えていないに等しく』、それは時計を見てやっと意味となって理解するという。
こういうところ『変わっているなあ』と子供の時から感じていた。これじゃあお母さんも恋人だった時は苦労しただろうなとか、ちょっと同情する。