ワイルドで行こう
.リトルバード・アクセス《7a》
彼女が見えるところにいた時は、姿も見せなかったくせに。
彼女が龍星轟から出て近くのカフェへと消えてしまうと、そこでやっと翔が事務室にやってきた。
「お前も頑固だな」
英児父が話しかけても、翔兄は黙っていた。
「はやく行ってあげなさい。今まで一度もここを訪ねてこなかったのに、来てしまったのよ。わかるわよね、彼女の気持ち」
琴子母も女性側に立って、翔兄を諭そうとしている。
膝が汚れている作業ズボン、首筋には泥やオイルなどで汚れた手で触った跡がついている。そんな汚れた姿で手袋を取り去る翔兄の顔は不機嫌だった。
龍星轟事務室から自宅玄関へ向かう通路のドア越し、『先に上にあがっていなさい』と母に言われても、小鳥はそこでこっそり聞かずにいられなかった。
でも。もう涙が出そうだった。どうにも覆せない決定的なものが小鳥に衝突してきた気分……だった。
「まだ営業中なのに、申し訳ありません。彼女が訪ねてきてしまって」
二人揃って生真面目そうだな。小鳥はそう思った。彼女は彼女で『彼の職場にはいかない』と禁じていて、そして翔兄は『職場に恋人が訪ねてきても、どんな理由であれ、職務が優先』という強固な態度。
だけど、煙草をくわえている英児父が、面倒くさそうに黒髪をかいて重そうに煙を吐いた。
「いますぐ行ってこいや。瞳子さんが自分からここまで来たってよっぽどだって、オメエの方が良く理解できるだろ。ここで意地張って、大事なもん逃してみろよ。ぜってえ後悔するからよ。付き合いが長いから、なんでも理解してもらえると思ったら大間違い。俺の目の前で、そういう大きなすれ違い見せつけるな。今日はもう仕事はいいから、行け」
「ですが」
渋る翔兄を、親父さんがあのガン眼で上からギロッと睨み降ろす。翔兄の顔が凍り付いたのを小鳥も見てしまう。