ワイルドで行こう
「行けと聞こえなかったんかい。いいか、もう一度言うぞ……」
親父さんが吠えると察知した翔兄が、そこで深々と頭を下げる。
「いえ、……。ありがとうございます。今回だけお言葉に甘えさせて頂きます」
そのままデスクにある荷物を手にして事務室を出て行ってしまった。
翔兄のMR2が出て行くのを確認した両親が事務室で揃って溜め息をついた。
「長すぎた春――ってこんなもんなんか」
「そうね。でも、大丈夫でしょう。そうでなければ、瞳子さんだってあんな切羽詰まった様子で訪ねては来ないわよ」
母の言葉に、父がほっとした顔になり、小さくなった煙草を灰皿につぶした。
だが二人の会話を黙って聞いていた武智専務がいつものごとく、容赦ない意見を挟み込んできた。
「どーかな。俺はそうは思わないな。とっとと結婚できたはずなのに、どうしてここまで来て結婚をしなかったのか」
つねに現実的な物言いをする専務の意見に、またまた両親揃って不安そうな表情に戻ってしまった。でも専務は続ける。
「俺が見る限り。彼女は翔のことは愛しているけど、この職種が気に入らないんじゃないかな」
それを耳にした途端、親父さんが『なにぃっ!』といきり立った。
「武智、お前……もう一度言ってみろ! 俺の、この店の、この仕事の、どこがいけないっていうんだよ! 翔ももう下っ端じゃねえしよっ。人並みの給料を与えているつもりだぜ!!」
カッとなる親父さんに対して、眼鏡専務の武ちゃんは今日も涼やかな眼差しで向かう。
「だから。翔が行きそうだった企業のキャリアと給与のデーター割り出して、タキさんも俺も矢野じいもそれぐらいの評価はしていいと判断してそうしているでしょう。でも、翔も金云々で気持ちが動くような男じゃないよ。タキさんだってそれぐらい判っているでしょう」
「そりゃ、翔はこの店を大事にしてくれているとわかっている。だから、なんで瞳子さんは俺の店で働く男では認めてくれないのかってことだよ」
そこで一時、武智専務が黙り込んでしまう。小鳥も遠くから覗いていても、武ちゃんがとても言いにくそうに唸っているのがわかる。
たぶん、それは小鳥が思っていることと同じだと感じた。それを武智専務も言い出しそう。そして、それはきっと親父さん自身もよく知っていること。