ワイルドで行こう



「それに。タキさんは知らなかったかもしれないけど。ここ二年ぐらい、翔は瞳子さんと逢う間隔がどんどん空いちゃっているみたいなんだよね」
「それ……ほんとうか……」

 たぶん父ってこういうところあまり目を配っていないんだなと小鳥も思った。

 だからこんなふうに観察力抜群の武ちゃんがいないと龍星轟はダメなんだと。

「東京出張に行く前。『彼女が寂しがるねえ』と俺がちょっとカマをかけてみたら……『彼女も忙しいから。二ヶ月ぐらい会わないなんて最近は普通ですよ』なんて、かーるく返答した時点で『危ないな』と」
「ななな、なんだって。俺と半月も留守にする出張前に、彼女に会いもしなかったということかっ」
「そうだよ。普通なら彼女もすっごい怒ると思うんだよねー。なのに彼女も会いたいとか言わないみたいだし。お互いに冷めてるつーの? それで出張から帰ってきたら、翔がスープラを買うとか、なんとか。今まで来なかった職場にまで会いに来たと言うことは、そりゃあ我慢の限界で来たってことでしょう」

 それを聞いた父の顔が青ざめる。そして琴子母も無言になる。どうやら母は女として瞳子さんの気持ちが通じてしまったようだった。

「ど、どうするか。俺、上司としてどうするべきか」

 そして親父さんが落ち着きなく武ちゃんの前をうろうろし始める。

「落ち着いてよ、タキさん。タキさんのせいじゃないでしょう。彼等も大人で自分たちがやってきたことなんだから。俺達だって、大人である部下のプライベートなんて、いちいち介入できないんだから。翔が選んでやってきたことだよ、もっといえば、瞳子さんもだ」

 武ちゃんのこういうところ、きっぱりしているなと小鳥は思う。

 だけど小鳥の中にまた、訳のわからないものが渦巻いた。


 ――『じゃあ。お兄ちゃんは、もしかすると、瞳子さんと上手くいっていなくて? もしかして別れ話??』


 複雑だった。もし翔が独り身になれば、それは小鳥にとってチャンス。でもそれって……『長い付き合いにピリオドを打った悲しみの向こうにあるチャンスだよね』? 

 あの翔兄がすぐに瞳子さんを忘れて、すぐに他の女性を好きになるとか考えられない。

「つ、疲れた」

 もう小鳥にはキャパシティオーバーだった。


 父がまだ狼狽えている姿が見えるが、静かにそっと覗いていたドアから離れ、二階自宅に向かった。




 翌日、翔兄はいつも通りに出勤していた。
 だから、上手く仲直りすることができたのだと小鳥は思った。

 

 ―◆・◆・◆・◆・◆―

 




< 512 / 698 >

この作品をシェア

pagetop