ワイルドで行こう



 最悪だ。

 ずっと憧れてきたお兄さんの彼女はやってくるし。その彼女とこれを機に仲直りでもするだろうし。
 親友の彼氏に好かれていたことが判っちゃったり、それが原因で、別れてしまうし。
 

 何もかも最悪だ。
 

 その極めつけが、龍星轟に帰宅すると待っていた。
 

 いつものバス停から龍星轟へ。店先にまた翔兄の青いMR2が停めてある。

 しかも、事務所にはスーツ姿の翔がいた。
 硬い面持ちで、銀色の時計を腕にはめているところ。

 いつもは大きなダイバーウォッチなのに。
 そんなビジネスマンがするようなお堅い時計をして、どこへ行くの?

 なにやら違和感を小鳥は持った。

「では。行って参ります」

 薄いグレー色の夏スーツ、白襟青ストライプのクレリックシャツ、そして白のネクタイ。爽やかな装いで、翔兄が事務室から出てきた。

「おう。頑張ってこいや」
「……はい」
「くらいついていけよ」
「はい」

 作業服姿で見送る親父さんの方が切羽詰まったように強ばった顔。
 翔兄が颯爽と、MR2の運転席ドアを開ける。

「お兄ちゃん。どこかへ行くの」

 大事な商談や交渉を一人でしにいくのかな。
 ついに親父さんの手を離れて、単身営業を任されることになったのかな。
 それぐらいにしか思っていなかった。そして翔兄も。

「うん、まあな。また明日」
「え、帰ってこないの」
「このまま直帰。じゃあな」

 ぎこちない笑みを見せて、翔兄は運転席に乗り込んでしまう。

 そして小鳥は見てしまう。運転席に、小さなペーパーバッグ。中にはリボンの小さな箱が入っている。

 なにかピンと直感が走った。
 でもそれを直ぐには受け入れたくなかった。




< 516 / 698 >

この作品をシェア

pagetop