ワイルドで行こう
最悪だ。
ずっと憧れてきたお兄さんの彼女はやってくるし。その彼女とこれを機に仲直りでもするだろうし。
親友の彼氏に好かれていたことが判っちゃったり、それが原因で、別れてしまうし。
何もかも最悪だ。
その極めつけが、龍星轟に帰宅すると待っていた。
いつものバス停から龍星轟へ。店先にまた翔兄の青いMR2が停めてある。
しかも、事務所にはスーツ姿の翔がいた。
硬い面持ちで、銀色の時計を腕にはめているところ。
いつもは大きなダイバーウォッチなのに。
そんなビジネスマンがするようなお堅い時計をして、どこへ行くの?
なにやら違和感を小鳥は持った。
「では。行って参ります」
薄いグレー色の夏スーツ、白襟青ストライプのクレリックシャツ、そして白のネクタイ。爽やかな装いで、翔兄が事務室から出てきた。
「おう。頑張ってこいや」
「……はい」
「くらいついていけよ」
「はい」
作業服姿で見送る親父さんの方が切羽詰まったように強ばった顔。
翔兄が颯爽と、MR2の運転席ドアを開ける。
「お兄ちゃん。どこかへ行くの」
大事な商談や交渉を一人でしにいくのかな。
ついに親父さんの手を離れて、単身営業を任されることになったのかな。
それぐらいにしか思っていなかった。そして翔兄も。
「うん、まあな。また明日」
「え、帰ってこないの」
「このまま直帰。じゃあな」
ぎこちない笑みを見せて、翔兄は運転席に乗り込んでしまう。
そして小鳥は見てしまう。運転席に、小さなペーパーバッグ。中にはリボンの小さな箱が入っている。
なにかピンと直感が走った。
でもそれを直ぐには受け入れたくなかった。