ワイルドで行こう
「小鳥ちゃん」
琴子母が部屋のドアを開けた。暗がりの部屋に、廊下の温かい光が一筋だけ入ってきて小鳥の目に当たり、さっと顔を背けた。
空が真っ暗になっても、小鳥は帰った時のまま制服姿でベッドに横たわっていた。本当に何もする気が湧かない。
聖児がなにか伝えたのか。それとも小鳥が一切姿を見せないからなのか。いや、母はもうなにもかも判っているだろう。翔が彼女にプロポーズをしに行ったことを知れば、『彼にずっと憧れてきた娘が落ち込む』と察してくれたのだろう。
「お母さん。大丈夫だから、一人にして」
直ぐに返答はなかったが、暫くして。
「わかりました。夕飯はテーブルに残しておくから、お腹が空いたら食べてね」
いつもの優しい声に、また涙が滲みそうになった。
そこでやっと小鳥は起きあがる。暗がりの中、制服を脱いでようやく私服に着替える。夏らしい絵柄がついているティシャツにスウェットのショートパンツ。楽な格好になってまた横になった。
カーテンを閉めていない窓には小さな星がひとつ。うるさいジャンボ機ももう飛ばない時間帯になった。静かになった龍星轟宅。
また暫くするとドアからノックの音。
「おい。小鳥、どうしたんだ」
英児父だった。
今にもドアを開けられそうな気配を感じたが、父が勝手に開けることはないので小鳥は押し黙ってやり過ごそうとした。
『お父さん。そっとしておいてあげて』。
母が諫める声も聞こえてくる。
「おい。小鳥。お前がいないと寂しいだろ。一人でもいないと父ちゃん落ち着いて飯が食えねえし、美味くねえんだよ」
だから一緒にこっちに来いよ。と、誘ってくれている。
そんな父の声にも、小鳥は涙を滲ませた。行きたいけど、行けないんだよ。泣いちゃったら、父ちゃんだって困るでしょう。私だって嫌だよ。泣いて『どうした、オメエ、どうした』なんて、父ちゃんの方が泣きそうな顔で狼狽えるんだから。
『英児さん! そっとしておいてあげて、お願い』
今度はきつく言い放った母の声に、やっとドアから親父さんの気配が消えた。